ピラニア by 691さん
4
唇を離すと、
「えへへへへ」
笑ってやる。
もう、身体のこわばりはとけていた。
怯える気持ちなんか、これっぽっちもない。
上田さんがぽかんと口を開けて、私を見ている。
もう、怯えない。
それどころか、「その先」を希う私がいた。
それがいったい何のせいなのかなんて、どうでもいい。
今、
どうしても、
上田さんが欲しい。
ふと我に返ったらしい上田さんが、私を見据える。
「え、じゃ、あの・・・いい・・・んだな・・・?」
返事は決まりきっているけれど、言葉には出さない。
口元だけで笑ってやった。
・・・突然、視界が揺らぐ。
「な」
さっきまで柔らかな絨毯を踏みしめていたはずの足が宙を蹴る。
ばたつかせた腕が助けを求めてしがみついたものは、上田さんの首。
「いきなりなにすんだ!ビックリしたじゃないか!」
「今からYOUを抱く。そのためにベッドに運ぶ。悪いか」
「・・・あ」
あまりにもストレートな物言い。
そう言われてしまったら逆らえない。
私の望み、上田さんの望み、
ふたりのおなじ望みが、今から叶えられる。
まるで蹴り破るかのような勢いでひらかれたドアを潜ると、
モノトーンのベッドカバーの上にどさりと倒される。
初めてだというのが嘘のように素早く、上田さんの手が私の服を解いていく。
無言のままでカーディガンのボタンを外しカットソーを捲り上げ抜き取り、
スカートのホックに手をかけずり下げる。
上田さんの表情を盗み見る。
今まででも数えるほどしか見たことのないような、真剣な顔をしていた。
なんだか、少し怖い。
「・・・なんで、何も言わないんですか」
「言って欲しいか?」
ゆっくり頷いて、上田さんの目を見つめた。
「・・・欲しい。今の上田さんは、怖い」
いくらなんでも、無言のままコトに及ばれてしまうのは嫌だ。
この朴念仁に甘い言葉を望んでるわけじゃないけれど、
(大体、そんなこと上田なんかに言われたら笑い出してしまいそうだ)
それでも、ただ黙って何もかもが済まされてしまうのは嫌だった。
ふう、と上田さんが大きく息をつく。
きっと彼も緊張している。
無理なことを言ったのかもしれない。
不安が掠めた。
「あの、無理ならい」
「いや、言うぞ・・・なんだ、その・・・綺麗だ。凄く」
前言撤回。
脳みそが反応する前に、心が身体中のいたるところを真っ赤に染めた。
「な・・・なに、言って」
「綺麗なものを綺麗と言って何が悪い。白くて、ところどころ桃色がかって、綺麗じゃないか」
・・・綺麗だ。
もういちど囁かれる。
耳元に注ぎ込むように。
ふわ、と緩やかな振動が耳をくすぐる。
身をすくめると、上田さんが笑った。
「そうしていると可愛いな、YOUも」
「・・・どういう意味だ、それ」
起き上がってむ、と睨み付ける。
「下着姿で凄まれても怖くないぞ、全然」
「うううるさいっ」
「こういう時くらい、おとなしくするもんだ」
「それは」
上田の思い込みだろ。
言い切る前に、肩を押されてベッドに倒された。
服を着たままの上田さんがのしかかってくる。
素肌にニットの質感がざらついて、自分だけが肌を晒していることを改めて教えた。
「うえだ、さ」
「なんだ」
「服・・・脱いで、ください。」
「・・・あ、ああ。そうだな、服を脱がないとな、ハハハ!」
・・・どうやら、本気で忘れていたらしい。
てっきりそういう趣向だと思ってしまった自分が恥ずかしい。
(ああもう、お母さんが変なことばっかり教えるからだ)
責任転嫁。
ぐるぐると考え転げまわっている間にも、
衣擦れの音は「その時」が近づいていることを教える。
と同時に、ひとつの心配が頭をもたげた。
・・・いいんだ。大丈夫。怖くない。
好きだって、抱かれていいって思ったじゃないか。
上田だって人間だ、そんなに常識はずれに大きいわけじゃないだろう。
っていうかまず下着姿になるのが普通だし、それなら見たことあるし、
だいたいいきなり・・・その、ソコ見せられるわけじゃないし、
そんなに今から緊張したらいざって時にどうなるんだ!しっかりしろ!奈緒子!
「・・・YOU」
ベッドの淵が沈んだ。
鼓動が高まるのが、自分でもわかった。
ゆっくりと振り返る。
いつもシャツやセーターに隠されていた肩のライン。
部屋に揃ったたくさんの健康器具は伊達じゃないのか、うっすらと割れた腹筋。
そして、
・・・そして。
想像をはるかに超えた、その・・・その部分。
あまりの衝撃に硬直する私。
上田さんは、全裸だった。
最終更新:2006年09月08日 00:00