ピラニア by 691さん


唇を離すと、

「えへへへへ」

笑ってやる。

もう、身体のこわばりはとけていた。
怯える気持ちなんか、これっぽっちもない。


上田さんがぽかんと口を開けて、私を見ている。


もう、怯えない。
それどころか、「その先」を希う私がいた。

それがいったい何のせいなのかなんて、どうでもいい。

今、
どうしても、
上田さんが欲しい。



ふと我に返ったらしい上田さんが、私を見据える。

「え、じゃ、あの・・・いい・・・んだな・・・?」

返事は決まりきっているけれど、言葉には出さない。

口元だけで笑ってやった。



 ・・・突然、視界が揺らぐ。

「な」

さっきまで柔らかな絨毯を踏みしめていたはずの足が宙を蹴る。
ばたつかせた腕が助けを求めてしがみついたものは、上田さんの首。

「いきなりなにすんだ!ビックリしたじゃないか!」

「今からYOUを抱く。そのためにベッドに運ぶ。悪いか」
「・・・あ」

あまりにもストレートな物言い。

そう言われてしまったら逆らえない。
私の望み、上田さんの望み、
ふたりのおなじ望みが、今から叶えられる。



まるで蹴り破るかのような勢いでひらかれたドアを潜ると、
モノトーンのベッドカバーの上にどさりと倒される。

初めてだというのが嘘のように素早く、上田さんの手が私の服を解いていく。
無言のままでカーディガンのボタンを外しカットソーを捲り上げ抜き取り、
スカートのホックに手をかけずり下げる。

上田さんの表情を盗み見る。
今まででも数えるほどしか見たことのないような、真剣な顔をしていた。

なんだか、少し怖い。

「・・・なんで、何も言わないんですか」
「言って欲しいか?」

ゆっくり頷いて、上田さんの目を見つめた。

「・・・欲しい。今の上田さんは、怖い」

いくらなんでも、無言のままコトに及ばれてしまうのは嫌だ。
この朴念仁に甘い言葉を望んでるわけじゃないけれど、
(大体、そんなこと上田なんかに言われたら笑い出してしまいそうだ)
それでも、ただ黙って何もかもが済まされてしまうのは嫌だった。



ふう、と上田さんが大きく息をつく。
きっと彼も緊張している。
無理なことを言ったのかもしれない。
不安が掠めた。

「あの、無理ならい」
「いや、言うぞ・・・なんだ、その・・・綺麗だ。凄く」


前言撤回。


脳みそが反応する前に、心が身体中のいたるところを真っ赤に染めた。


「な・・・なに、言って」
「綺麗なものを綺麗と言って何が悪い。白くて、ところどころ桃色がかって、綺麗じゃないか」

 ・・・綺麗だ。

もういちど囁かれる。
耳元に注ぎ込むように。

ふわ、と緩やかな振動が耳をくすぐる。
身をすくめると、上田さんが笑った。

「そうしていると可愛いな、YOUも」
「・・・どういう意味だ、それ」



起き上がってむ、と睨み付ける。

「下着姿で凄まれても怖くないぞ、全然」
「うううるさいっ」
「こういう時くらい、おとなしくするもんだ」
「それは」
上田の思い込みだろ。

言い切る前に、肩を押されてベッドに倒された。
服を着たままの上田さんがのしかかってくる。

素肌にニットの質感がざらついて、自分だけが肌を晒していることを改めて教えた。

「うえだ、さ」
「なんだ」

「服・・・脱いで、ください。」
「・・・あ、ああ。そうだな、服を脱がないとな、ハハハ!」


 ・・・どうやら、本気で忘れていたらしい。
てっきりそういう趣向だと思ってしまった自分が恥ずかしい。

(ああもう、お母さんが変なことばっかり教えるからだ)

責任転嫁。
ぐるぐると考え転げまわっている間にも、
衣擦れの音は「その時」が近づいていることを教える。



と同時に、ひとつの心配が頭をもたげた。


 ・・・いいんだ。大丈夫。怖くない。
好きだって、抱かれていいって思ったじゃないか。
上田だって人間だ、そんなに常識はずれに大きいわけじゃないだろう。
っていうかまず下着姿になるのが普通だし、それなら見たことあるし、
だいたいいきなり・・・その、ソコ見せられるわけじゃないし、
そんなに今から緊張したらいざって時にどうなるんだ!しっかりしろ!奈緒子!


「・・・YOU」
ベッドの淵が沈んだ。
鼓動が高まるのが、自分でもわかった。


ゆっくりと振り返る。


いつもシャツやセーターに隠されていた肩のライン。
部屋に揃ったたくさんの健康器具は伊達じゃないのか、うっすらと割れた腹筋。



そして、

 ・・・そして。


想像をはるかに超えた、その・・・その部分。




あまりの衝撃に硬直する私。


上田さんは、全裸だった。


最終更新:2006年09月08日 00:00