節分

by 404さん


  奈緒子は煎り豆を抱えて電柱の陰に隠れている。
  あの男がやってくるのを待っているのだ。

  やってきた。
  鼻歌でビューティフルサンデーをうなりながら
  いつものように無意味に上機嫌な教授が。

  「オニは外ーっ!」
  「ぅおぅっ!!?」

  やったやった!
  奈緒子は笑い転げた。
  それほど肝をつぶして逃げていく上田の姿は間抜けだった。

  年中行事も無事済んだしアパートに戻ろうとふと地面を見る。
  そこにはコンビニの小さなビニール袋がひとつ。

  中身は恵方巻きに見立てたらしい手巻き寿司セット
  それも奈緒子の好きなイクラ巻きと
  上田の好きなかっぱ巻きだ。

  「………」

  奈緒子は袋を拾った。
  食べ物を粗末にしてはバチが当たる。
  上田の分も自分が責任をとって食べてやらねば。

  「………」

  部屋についた。
  さあ食べよう。
  上田のことはすっかり忘れ棚から醤油と皿を取り出したその時

  電話が鳴った。

  「もしもし」
  「おいっ!わかってるんだぞ、さっきの通り魔、youだろうっ!」
  「わかるだろ、普通。それとも後ろを振り返る余裕もなかったのか上田」
  「………」

  よっぽど怖かったらしい。
  聞こえてくるのは悔しげな鼻息だ。

  「はっ、そうだ、違う、言いたいのはこんなことじゃなかった。あのな、you」
  「はい」
  「俺のかっぱ巻きは残しておけよ」
  「ええ?」

  奈緒子はビニールをはがしかけていた手を止める。

  「今から行くから。その、い、一緒に食おうぜ」
  「なんで。来なくていいです」
  「あのな、今年の恵方は南南東らしいんだよ」
  「聞けよ」

  そういうわけで今年の節分も奈緒子は鬼払いに失敗したようだ。
最終更新:2008年08月29日 01:08