文字の力

by 27さん


文字には力がある――
そう、おかあさんこと山田里見先生の言うとおり、文字には、力があるのだ。

筆先に墨は塗られていない。ただ柔らかい毛先がすべっていく。染み一つ無い、
なめらかで白い――いや、上田の右手が動くたびに紅潮していく奈緒子の背中を。
両手首は伸ばした状態でそれぞれベッドの足から伸びる手錠に戒められ、足首は
まとめて枷をはめてこれもまた拘束されている。うつ伏せにされた奈緒子の
身に着けているものといえばそれだけで、上田はその太腿に跨っていた。
「ほら……当ててみろよ、you。おれは今なんて書いた?ほら、でかい声で言ってみろ」
「……ず……」
「そうだ、『ず』だ……次行くぞ」
いやいやするように首が揺れる。震える背中にかからないように長い髪はまとめて
右肩の方に流してある。うっすら汗ばむ肌に触れるか触れないかの加減で上田は
新たな一文字を大書した。筆が触れた瞬間、緊張していた体が過剰に跳ねる。


「you、書きにくいじゃないか」
奈緒子の左の二の腕を掴んで押さえ、のしかかる。剥き出しにされている二つの丸みに
上田自身の興奮した下半身が密着するようにした。筋肉の引きつる不自然きわまりない
姿勢だが気にしない。
それよりも、押し当てられたものをソレと察知した奈緒子が身を捩って離れようとするのを
感じるのがひどく愉しい。
弾力のある奈緒子の尻が押しつけた巨根を挟み込むように動き、上田は目を閉じた。
さりげなく自らも腰を動かしてみる。
これはいい。なかなか良い。
「――おおぅ、処女のくせにやるな、山田奈緒子。だがはしたないサービスは後にしろ。
後で存分にしろ。答えるんだ」
夢中になりかけたところでようやく我に返り、荒くなった鼻息をなんとか落ち着かせる。
体の下で苦しげな吐息を漏らす奈緒子がかわいい。かわいいけど苛めたい。
苛めたいけどかわいい。かわいいから苛めたい。なんでもいい、とにかくかわいがってやりたい。
古くから伝わる言い回しを使うなら、さしずめ「それにしてもこの変態教授、ノリノリである」といったところか。


これをはじめてから、微細な接触しかしていないにも関わらず、奈緒子の体はひどく熱を
帯びている。
僅かに粟立っている腕を、掴んだ親指の腹で撫でてやると奈緒子の喉が鳴った。
身じろぎのせいで落ちてきそうになった髪を直すために人差し指でうなじをなぞる。
「……ぁ……」
「『ま』、だ。まあいい、セーフにしといてやる。おれは心が広いジェントルなスライムだからな」
乱れた髪からわずかに除く顔は羞恥に満ちている。初めて見る表情だ。
いつからこの口の減らない手品師がこれほど己を欲情させるようになったのか、
上田本人にもわからない。
ただ、最初の文字を書く前に繰り返された制止と懇願が、他の誰でもなく上田が与える刺激に
蕩けていったときにはいつまでも聞いていたいと思い、どんな罵言も抵抗も通じないと知って
悔しげに噛み締められた唇がかすかな呻きばかりを漏らすようになれば、その唇を舌で
こじあけてやりたいと思う。なにもかもを強引に奪って泣かせてみたい。
その一方で、優しく抱き締めてキスをしながら髪を撫でたりもしたい。
奈緒子の腕が上田の背に回り、ぎこちない笑顔に少しずつ官能を混じらせていくような、
そんな時をすごしたい。
こんな風に、奈緒子は上田の加虐心と保護欲を同時にかきたててやまない困った存在だ。どうしてくれよう。
息苦しいほどの欲望に陶然となりながら目をあけると、奈緒子が上田を見ていた。
視線を絡ませる、それだけのことが快楽に直結する。
細く華奢な体と嵌められた拘束具の対比や肩越しに振り返った奈緒子の潤んだ黒い瞳が
どうしようもなく上田を高ぶらせる。
「次が最後だ。――とりあえず、な」


上田は有頂天のまま最後の文字を綴った。トメ、ハネを注意深く、ゆっくりと、間違わないように
奈緒子の体に刻み込むように。
上田にとって思い出深いその単語が、奈緒子にとっても大切な意味を持つ言葉になるように。
書き終えた上田は詰めていた息を吐いた。張り詰めた巨根の求めるものとは別の意味で
充実感がこみ上げてくる。とにかくやった。ベストは尽くした。
「どうだ、わかるか?」
応えは、まるで蚊の鳴くような声だった。上田は体を浮かせ、奈緒子の耳をやさしく噛んだ。
「聞こえない、もう一度」
頬と頬が触れるまで近づく。吐息に混じって聞こえたのは――
「正解だ、奈緒子。いい子だ……さあ、おれが書いた文字を続けて言ってごらん」
「……う……ずま、き……」


「ってこれ言わせて楽しいのか。嬉しいのかおまえ」
「楽しいさ!ああ嬉しいさ楽しいさ!」
息も絶え絶えの奈緒子の問いに、上田は拳を握り締めた。
「これでyouにとっても『うずまき』という大きな文字は忘れられないものとなったはずだ。
おかあさんの言うとおり文字には力がある、そしておれたちは今『うずまき』という大きな
文字の力で結ばれたってわけだ!どうだyou、ロマンチックだろうドラマチックだろう。
……なんだ反応が薄いな。そうか、物足りないか。随分感じていたようだが最後まで
イってはいないもんな、物足りないよなこのスキモノめ!」
よし、次は『上田次郎』でイかせてやる。
いそいそと元の位置に戻ろうとした上田は、斜め下から向けられた奈緒子の表情に
気づいて凍りついた。
「……you?」
「母が言ってたんですけど」
「……なんだ。なんでそんな目でおれを見る」
「習字道具を粗末に扱うと天罰が下るって」
――天罰が下るって。
厳しい顔の里見が奈緒子とオーバーラップし、上田は――気絶した。


「なんか朝からめっ……ちゃくちゃ死相が出てますね、上田さん」
「嬉しそうだな、you」
「……エヘヘヘヘッ」
「まあそんなことはどうだっていい」
上田はいつものようにとりあえず自分のために茶を淹れた。
「youも飲むか。かつて名ギャルソンとして某高級ケーキ店にスカウトされかけた
経験を持つこの上田次郎が淹れた茶を」
「飲みますよ。っていうか朝っぱらから人んちで勝手にくつろがないでくださいよ。
仕事どうしたんですか。あ、クビ?クビですか?」
「嬉しそうだな、you」
「……エヘヘヘヘッ」
「今日は日曜だ。売れないマジシャンは乳どころか曜日感覚すらないのか。娯楽産業に
従事するものとして世間一般の休日は稼ぎ時だろうにあられもない寝相で昼過ぎまで
寝こけてやがって……仕事どうしたんですか。あ、クビ?クビですか?」
「……嬉しそうだな、上田」
「エヘヘヘヘッ」
にゃーだかうーだか言いながら山田が湯飲みに手を伸ばす。長袖から、細く、あざ一つ
無い手首が覗くのを確認して上田はおもむろに口を開いた。
「ところでyou、『うずまき』って言葉に聞き覚えはないか」
「……は?くるくるほっぺに覆面姿?」
「そうか。ところでyouのおかあさんは元気か」
「だからおかあさんて言うな!一週間くらい前に電話したときは元気でしたけど」
「そうか。ところで――」
「っておい。それだけかよ」
「そうか。ところで」
「上田さーん、会話になってないですよー」
「そうか、ところで」

「夢占いというものをyouは知っているか」
最終更新:2007年12月14日 23:52