焼きもち by ◆dv1/DP6HGsさん

1-5


あぁ、またやってしまった。

机の上には飲みかけの湯飲みが二つ。
私のと、さっきまでそこにいた上田の。
性懲りもなくまた怪しげな依頼を引き受けてきた上田は
いつもの様に私を巻き込もうとして。
空腹のせいかイライラしてた私は
巨根だの単細胞だの思いつく限りの悪口を並べて追い返してしまったのだ。
困ってる女性は放っておけない、なんて本当にバカなんじゃないのか。
いつも痛い目見るのに、すぐに鼻の下のばして。
第一、一番身近にいる美人はいつも困らせてる癖に…
って事はやっぱり私は女として見られてないんだろうな。

そこまで思考を巡らせると、思わず大きなため息が出た。

別に恋人になりたいという訳ではないのだけど。
今の関係は楽で心地良いから。
でも、何か足りない。
「んにゃー…」
行き場のないもやもやが思わず口に出てしまう。
「わからない事考えてもしょうがない、か」
さっさと寝て忘れるしかない。
そうだ、上田が持ってきたわらび餅でも食べて寝…
「…あいつ、ちゃっかり持って帰ったな…」





翌日。
私はパンの耳を手に入れるべくいつものパン屋を覗いていた。
あ、店長が振り向く。よし、道具を用意して――
「you?」
「おぅ!?」
不意打ちだったので思わず手品の小道具を落としてしまった。
「な、何で上田さんいるんですか?依頼で出かけたんじゃ…」
「いや、何か解決したらしくてな。今朝キャンセルの電話が入ったんだ」
「そうなんですか…って妙に嬉しそうだな。
楽しみにしてたみたいだったのに」
「いや、私程の人気教授になると授業以外にも仕事は尽きないからな。
雑事にかまける時間はできるだけ少ない方がいい」
「あ、一人で行くの怖かったんだ。えへへ!」
「違う!」
いつものやり取りだけど、やっぱりどこか上田は嬉しそうだ。
「…やっぱり上田さん変じゃないですか?」
「至って普通だが?」
「嘘。…あ、そうだ。
さっき上田さんが脅かしたからトランプ飛んでっちゃったんですよ。
という訳で弁償しろ。あと迷惑料として豪華な昼食も」
「それなら丁度有名焼肉店の弁当があるから、youの部屋にでも行って食べるか」
「…やけに素直ですね。気持ち悪い」
「失礼な。じゃあ弁当いらないんだな?」
「いえ、焼肉は私の物です。お前は帰っていいから弁当だけ寄越せ」
「何でそうなるんだよ」
「また変な村に連れて行かれそうな気がするんで」
「昨日の今日だぞ。さすがに依頼はない」
「…本当ですか?」
そう言って顔を見てみたがどうやら本当らしい。
昨日あれだけ色々言ったのに部屋に来ようとするなんて物好きなやつだ。

この時私は上田の真意なんて少しもわかってなかった。



池田荘に着き、上田は慣れた手つきでお茶を入れる。
「youは待つって事を知らないのか?」
「なんのほほへふか?」
「…何でもない」
数分後。
「あー食った食ったっ」
「やはりyouは食べると機嫌がいいな」
「美味しい食べ物は人の心を豊かにしますよね」
「それはyouが普段まともな物食ってないからだ」
「贅沢せず質素な食生活を送ってるんです」
ふー、と息をつきながら私は仰向けに寝っ転がった。
「やっぱり事件がないと平和でいいですね」
「バイトも長続きせず暇を持て余してるようにしか見えないが」
「おだまりっ」
他愛もないやり取りが心地良い。
こんな穏やかな時間が欲しかったのかもしれない、とぼんやり思った。
上田さんも、少しでも同じ様に感じてたりするんだろうか。
そんな事を考えながら、私はいつの間にか眠ってしまった。


 *

「んー…カルビー…」
目が覚めたら既に辺りは薄暗かった。
「結構寝ちゃったな…」
そして起き上がろうとして感じる違和感。
動けない。
…え、抱き締められてる?
上田が後ろから手を回したまま寝ているらしい。
な、何やってるんだこいつは。
「う…上田、ちょっと…起きろ!」
「ん…あぁyou、起きたか」
「起きたか、じゃなくて!何やってるんだ!」
「いや、youの寝顔が可愛かったからな」
「はい?…お前変な物でも食べたんじゃないのか?そうか、またカリボネか?」
顔が、熱い。
耳の近くで聞こえる声と背中に伝わる感覚が、どんどん体温を上げていく。
「俺が一人でカリボネ飲んでどうするんだよ。
昨日からyouが可愛すぎるからだ。こうして貰いたかったんだろ?」
抱き締める腕がきつくなる。
「な、な…?」
「昨日youは焼きもちを焼いてただろ?」
「はい?な、何の話ですか」
「あんな顔で普段の数割増しの悪態をついて。
思った以上の反応だったな。試した甲斐があったよ。ハッハッハッ」
「え、試したって…」
「依頼があったのも全部嘘だ。
最近youがよく切なそうな目をするのが気になってな。
好きなんだろ?この天才物理学者上田次郎の事が」


そんなにわかりやすかったのか?私は。
このどうしようなく鈍感な上田が気付くくらい。
あぁそういえばこいつは変な所で鋭いんだったっけ…
それにしても耳元で言わないで欲しい。
何も考えられなくなる…
「こうしても抵抗しないのが何よりの証拠だ。何とか言ったらどうなんだ?you」
抱き締めて欲しいなんて思ってた訳ではないけれど。
でも、しっかりとした腕の中は居心地が良かった。
…上田の言う通りなんて悔しいのに。
「お、お前の事なんて嫌いに決まってるだろこのタコ」
かろうじて残っている理性で悪態をついてみたものの、普段の勢いはなかった。
「ふっ、本当にわかりやすいな、youは」
「…いじめて楽しいですか?」
「そりゃあもう。今のyouの顔が見れないのがとても残念だよ」
「…このサド…勝手にこんな事したら犯罪だぞ」
「youの想いを確認した上での行為だから問題ないだろう」
「そんな、こんな事していいなんて言って…ふぁっ!?」
首筋がくすぐったい。
「何…やって……やぁっ…」
思わず出てしまった私の声を聞いて
調子に乗ったらしい上田は更に舌を這わせてくる。
「そんな可愛い声も出せるんじゃないか。そうか、こういう趣味か?」
そう耳元で言いながらそのまま甘噛みする。
「そんなんじゃ…うぁっ…っ」
「感じやすいな、youは」
見えなくても、後ろで上田が笑みを浮かべたのがわかった。
そして服のボタンにのびてくる手。

…嫌。やめて。ずるい。

「上田の…バカっ…単細胞っ…うぅっ…」
「お、おいyou泣くな!悪かった、もうやめるから…」

そうは言ったけど、抱き締めた腕はそのままだった。
気まずい間。




「上田さんは…過ちは嫌いなんですよね?」
「あぁ、嫌いだ」
「これは…過ちじゃないんですか?」
「……違う」
「……妙な間があるな。っていうか違うのか?それって」
「何回言ったと思ってるんだ。ジュ、ジュヴゼームって」
「へ…?」
「な、何なんだその間の抜けた反応は」
「え、だって…女として見られてないと思って…本気ですか?」
「冗談だと思ってたのか?俺がどれだけ勇気を出して言ったと思ってるんだ。
でもいきなりプロポーズは重いだろうからな、
バナナボートなどの言葉も取り入れてもっと軽い感じを表現し」
「意味のわからない気遣いをするな!」
「ま、まぁ…そういう事だ。」
「あれじゃふざけてるとしか思えませんよ。」
「でも言った事は言ったんだ。youも言えよ、ちゃんと」
「はい?だ、だから私は上田さんの事なんて何とも」
「奈緒子、素直になれよ」
名前を呼ばれただけで固まってしまう自分が情けない。
「…き、嫌いじゃないですよ」
「本当に素直じゃないな」
「う、うるさい!」
「まぁ、youにしては素直になった方か」
そう言って、上田は身体を反対側に移動して私と向き合う形になった。

最終更新:2007年05月06日 23:31