雑魚寝の夜 by 342さん

お約束バージョン



今回の事件の依頼人、中学教師北見さんは不幸な事にバカ上田に憧れている人だ。
上田のやる事をなんでもかんでも真似せずにはいられないらしい。
専門は同じ物理だし、背もちょっと低いくらい。
あとは眼鏡も怪しいひげもベストもブレスレットも、ショルダーバッグまでよく似てる。

「瓜二つですよねえ」
私は感動してそう言った。
「そ、そうですか?ありがとうございます!光栄です」
バカに似ていると言われた北見さんは奇特にも喜び、一方上田はひどくむくれた。
「君の目は節穴か。こう言っては失礼だが北見さんは容姿才能人格全てにおいて俺に遠く及ばんだろうが!」
掛け値無しに無礼な奴だ。北見さんは上田の足元にひれ伏した。
「その通りです。私の存在など師匠の肩のフケひとかけらにも及びません」
「ははは、そうだろう!飲むか、北見。ほら、コップを出しなさい」
「先生自ら私のような者に…戴きます!」

ついていけない。私はさっさと自分の布団に潜り込んだ。
なぜか雑魚寝なのだ。こんなに広い屋敷なのに。
私一人くらい別室に泊まらせろ。ガッ虫の分際でケチな奴だ…。

うとうと眠り、ふと目覚めた。
まだバカ共の酒宴は続いている。

「…だが豊かな人柄とは著書からでも伝わってしまうもの。現に北見さん、あなたなども私を慕い──」
上田の得々とした自慢話に私は寝返りをうち、寝たふりを続行した。
聞きたくもない、そんなもの。
「その通りです!先生」
北見さんは熱心に相づちをうっている。
よせばいいのに。バカがつけ上がるだけだ。
満足した上田が鼻息を吹き、話が途切れて酒を酌み交わす気配だけが漂った。
「そういえば上田先生」
北見さんが言った。
「その人は先生の何なんですか」

私の事だろう。

「え?誰かいる?」
おいっ!
「そこで寝てる女の人、山田さんです。御本にも書いてらっしゃいますよね。追っかけだって仰いましたけど──」
「ははは。そうなんだよ。うっかり一度助手に使ってやったらそれ以来ね。しつこくて困ってるんだ」
あとで一発殴ってやる。上田め。
「そうだったんですか。私はてっきり先生の愛人かと」
こいつもついでに殴ってやる。誰が上田の愛人だ、無礼すぎるぞニセ上田め。
「ははは、まさか。ぜひ愛人にしてくれって泣くんだけどね。この通り胸も色気も無いからとてもその気になれなくて」
上田。一発じゃなくてボコ決定な。
「そうですか…あの、でも実は私、お恥ずかしい話ですが、胸の小さな女の人は…その、結構嫌いじゃないです」
えっ。世の中にはいい人もいるじゃないか。
上田、よく聞いとけ!




上田の声が低くなった。
「もしや、山田がお好きですか」
「は、はい。まあ、その。御本から想像していたよりずっと、小さくて可愛くて綺麗だし」
また一人、私の虜になった人が現れたのか…エヘヘッ、罪だな。この美貌は隠せないし。
「ふ、ふはは。…またまた、冗談を」
上田の声が動揺を示して震えている。ざまみろ!
お前がどんなに自分の本で馬鹿にしようと、世間とお天道様は私の魅力をまるっとお見通しだ!
「冗談ではありません、さすがは先生、追っかけのレベルも高いと、私、感動しました」
「…そう…ですか……」
上田は一瞬押し黙った。
「ひとつお聞きしたい。…正気でこの女を可愛いと?」
おいっ。
「いやあ」
北見さんの声が照れたようにうわずった。
「美女に慕われ馴れてらっしゃる先生にとってはどうか知りませんけど、私から見れば充分以上に可愛──」
「付き合いたいとか」
「いやあ」
北見さんはますます照れたような声でふわふわと言った。
困っちゃうなあ。
そんな事言われても私もいろいろ忙しいし…と布団の影でにやにやしていると上田がとんでもない事を言い出した。
「ではどーんと告白してみてはいかがですか。私の目の前で」
はい?
「せ、先生?」
「どうぞ遠慮なく。なんなら後押ししてあげてもいい。こいつは私の言う事なら何でも聞きますから」
おいっ!!ふざけんなよ、上田。何企んでるんだお前っ。
振り向こうと腹に力を入れた瞬間、ぱっと部屋の灯りが消えた。

な、なんだ。

「…恥ずかしいでしょうから、あなたが告白する間、電気は消しておきます」
上田がぼそぼそと北見さんに言った。
「は、はあ。ですが…」
北見さんはおどおどと囁いた。
「わ、私今夜の十二時には心臓に針が」
「大丈夫。そんなものは実体化しっこありません。それに告白なんかすぐに済むはずだ」
「はい」
「この私が勧めてるんです、北見さん。あなたはそれに逆らうんですか」
「滅相もない。わかりました!思い切って」
「そうです。男は度胸ですよ。さあ、一緒に。どーんとこーい!」
バカ共の雄叫びが始まった。
「どーんとこーい!」
「違う違う。ほら、もっとこう腕を力強く振って。どーんと、こーい!」
「ど、どーんと!!…」

音が静まった。




「……」
みしり、とかすかに畳の上を北見さんが動いた気配がした。
待て。
もう我慢できなくなった私はくるりと振り向いた。
「バカ上田!お前は何を勧めてるんだっ」
起き上がろうとした私の肩が暗闇の中で押さえられた。
「北見さん。こんなバカの言う事聞いてるとろくな事に、ならな──」
さらに押され、バランスを崩した私は布団に仰向けに沈んだ。
ちょ。
何これ。
き、北見さんっ。大胆すぎ!
「何するんですか、北見さん!放して」
力は緩まず、なにか重いものが私の上に被さった。
これって。おい。

「なっ、やっ、ちょっ、やめっ、やめろ!……う、上田!上田さん、助けてっ」
ちくちくしたものが頬に触れた。北見さんのひげだ。
頬にぎゅっとくっつけられて、私の目に悔し涙が浮かぶ。なんでこんな事されなくちゃいけないんだ!
「上田さん!やめさせてくださいっ」
重いもの、つまり北見さんの躯の前面、ベストらしき布を掴み、私は必死で顔を振った。
上田と同じ妙な形のブレスレットをつけた左手が私の顔を支えた。
ぐいと顎を持ち上げられ、唇に柔らかくて温かいものが密着した。
「──!!」

やだ。
やだ。
やだっ。

お酒くさいそれは北見さんの唇に違いない。
そうだ、こいつら酔っぱらってるんだ。
なけなしの理性のたがが緩んでるのかもしれない。
だけど酒の勢いでこんな事されちゃ、こっちがたまらない。
泣きたくないけどじわりと熱いものが私の眼球を潤して溢れそうだ。
どんと分厚い胸を叩き、顔を掴んでいる手の甲におもいきり爪をたてる。
「!」
ひるんだ気配がし、重い躯がかすかに浮いた。
私は逃げ出すために膝を立て、北見さんの股間を蹴飛ばそうとして──。

なんだこの棍棒は。

私は一瞬固まり、北見さん──じゃない、こいつは──も私が気付いた事に気付いて固まった。
「……おい」
声は冷静に出た。
「何してんだ。どけ、上田」
「…誤解するな」
バカ上田がしおしおと呟いた。
「俺は電気を消したあと、布団に足をとられてついバランスを崩し」
「バカ言ってないで離れろ!そんでもってすぐに電気つけろ!」




灯りがつくと、北見さんが倒れていた。
「し、心臓に針が実体化したのか?」
私は思わず叫び、いざりよって脈をみた。ちゃんと生きてる。
気絶している…だけ、のようだ。
「……」
「はっはっは、俺の言った通りだ。針が実体化なんてするはずがないんだよ!」
高笑う上田の頭を後ろから殴る。
「何をする!」
「こうやったんだろ。見てください。北見さんの頭」
大きなたんこぶがある。
「お前だな、上田」
「…違う」
「…告白させたくなかったのか。小心者」
「何言ってんだよ」
「自分が先に告白したかったんだろ。酔っぱらいめ。エヘヘヘッ」
「違うっ!こ、これはなにかの陰謀だ!俺の天才的な頭脳を怖れた某国の諜報機関が」
「照れるなって。エヘヘヘッ」
「違うって言ってんだろーが!聞けよ!この貧乳!」

真っ赤になって怒っているバカ上田とやたらに機嫌がよくなった私。


──何故こんなバカな事されて機嫌が良くなったかって?
そんな事、恥ずかしくて言えません。


最終更新:2006年11月23日 17:26