pink marriage blue by ◆QKZh6v4e9w さん

9-11





あと少し。
「………」
「………」
「上田さん」
「ん?」
「杏仁豆腐食べていいですか?」
「おう。一口も食うんじゃないぞ。もう終わるから」
最後のレポート用紙を引き寄せた。
即座に器にスプーンをつっこんでいる奈緒子を見ながら、上田の心の潤いは満タンだった。
「戻ったらさ、……you、俺と一緒に風呂入っちゃだめだぞ」
「はい?」
「狭いし邪魔だし、一緒に風呂入ってきちゃ駄目だって言ってんだよ、絶対に。いいか絶対に」
「いいですよ」
「フフフ。フッフフ。終わった。さあ、帰るか」
「その笑いかたやめろ上田」
杏仁豆腐をスプーンで掻き回しながら、奈緒子が微笑した。

 *

午後十時五分、上田のマンション。
トレーニング器具の林立するリビングルームで上田と奈緒子は大揉めに揉めていた。

「あれだけ念を押したのに、なんで今更拒むんだ」
「絶対一緒に入るなって言ってたじゃないですか!」
「入るなって言えばひねくれてるyouは絶対一緒に入ると思ったんだよ!」
「…………」
「君だってまんざらでもなさそうだったじゃないか。ちゃんと仕事も早く済ませただろ。な、you。な、な」
「バカッ」

案の定の展開である。

「今までだって一緒に入った事なんかないですし……結婚してからで、いいじゃないですか。ね?」
「そんな事言ってこれからも絶対入らないつもりなんだろう。恥ずかしいとかなんとか言って」
「珍しく鋭いな上田」
「くそっ」
上田は髪をかきむしり、奈緒子を睨みつけた。
「なんでだよ」
「そっちこそなんで風呂ごときにそこまでこだわるんだ!」
奈緒子は睨み返した。上田は即座に答えた。
「『一緒にお風呂』はカップルの通過儀礼の一つだ」
「通過儀礼……」
「いろいろあるじゃないか、ほら。『最初のデート』『初めての夜』『夜明けの牛乳』…『裸エプロン』」
「上田。最後のは何だ」
「そういうのがしたいんだよ」
「お断りだ」
「何言ってんだよ!俺の妻になる君にはそういう事にもつき合ってもらわなければ困るじゃないか」
「勝手に困ってろ」
「いいのか」
上田は声を落とした。
「あんまり冷たくしてると………浮気するぞ」
「!」
奈緒子はぱっと頬を染めた。当然、怒りにである。
「……そ、そんな相手、いないくせに」
「ふふん」
上田はいやみったらしく笑った。
「昨日の件で君も思い知ったはずだ。俺はその気になればモテるんだよ!ハッハッハ!!」





「………」
奈緒子は肩で息を継ぎ、深呼吸した。
「……わかりました」
「わかってくれたか」
「上田さんが浮気するなら、私だってします」
「え」
「します、浮気」
奈緒子はきっと上田を見上げた。
紅潮した滑らかな頬、艶やかな髪、きらきら挑発的に輝く大きな瞳。
こんな場合だというのに彼女が綺麗な女性である事に上田は思い至って狼狽した。
「な、なに言ってんだよ。youのような貧乳が男にモテるわけが──」
「いざとなったら電気消しますから大丈夫です」
奈緒子はきっぱり言うと腕を組んだ。

そういえば奈緒子はひねくれ者で貧乳のくせにその美麗な容姿のせいか、案外モテるのである。
その身近な具体例を上田はようやく思い出した。
いつも自分の事しか考えていないので彼らの事はすっかり意識の外だったが、彼女には昔からの熱心なファンもいれば無条件に萌えている刑事もいる。
里見に以前ちらっと聞いたことがあるが、長野には奈緒子とひどく結婚したがっていた幼馴染みもいるらしい。
骨の髄まで上田に惚れ抜いている(※上田の主観)奈緒子が彼らに目をくれるとは思わないが、それでも万が一という事が。
いや有り得ない。絶対に有り得ない。
だが──もし他にベターな感じの男が現れて彼女を気に入ったとしたら──?
そして、彼女が押し切られて、電気を消すような事態になったとしたら。
ここでもまだ『押し切られて』と考えているあたりが上田の上田たる所以である。

「………」
上田はぎりぎりと歯を食いしばった。
「youが………ハハ、ハ、まさか。浮気なんか…」
「そうですね。本気になったらどうします」
「え」
「浮気じゃなくて、私が上田さん以外の男の人を本当に好きになったら。上田さんと一緒にいるよりずっと、その人と一緒にいたくなったら。そしたら一体どうするんですか」
「───」
上田の表情が凍り付いた。

「………上田さん」
奈緒子は溜め息をついて腕を解いた。
「そんなにショックなら変な事言い出さないでくださいよ。浮気するだなんて」
「え」
「ほら聞いてない。…上田さんが浮気するなら私も、ってちゃんと言ったじゃないですか」
「……………」
「……………」
「……………」
「泣いてるのか」
「怒ってるんだ!」
上田は顔を真っ赤にして奈緒子の腕を掴んだ。当然ながらこちらも怒りのためだ。
「くっだんねえ事想像させやがって。ふざけるな」
「上田が言い出したんじゃないか!」
こちらも怒っている奈緒子のきらきらした目を上田は睨みつけると、手を強く引っ張った。
「お、お風呂には一緒に入らないぞ!?」
「誰が入るか、youみたいな貧乳と」
ぐいぐいひっぱられながら奈緒子はますます赤くなった。
「上田っ」







リビングを出た向かい側は上田の仕事場兼寝室になっている。
扉を開けて彼女を中に放り込み、上田は入り口に立ち塞がった。
「結婚前から浮気するとか本気になるとか脅しやがって……ナマイキな」
「そっちが先に脅したんだってば!」
奈緒子はじりじり後ずさった。
上田が長身に殺気を漂わせて近づいてくる。
「へ…変な事考えてないか、上田」
「変な事じゃない。……たとえ変な事だとしても君は間もなく俺の妻だ。そしてここは寝室だ。何の問題もない」
上田は奈緒子を捕まえて、ベッドに押し倒した。

「you」
「………」
「浮気っていうのは、こんな事するのか。俺以外の男と、こんな──」
唇を落とされ、奈緒子は目を閉じた。
こんな状況でも、上田の温もりに躯は正直に反応する。
「ん」
奈緒子は吐息をつき、唇をほどいた。
舌が入ってきて、甘さがじわりと湧いてくる。
上田の肩に手を滑らせ、首のまわりに腕を巻く。奈緒子のブラウスの裾の中に上田の掌が這いこんでくる。
「──こんな事、させるのか?え?」
ブラを押し上げられて奈緒子は急いでその手をおさえた。
「触るな」
上田は視線をあげ、まぶたが半分落ちたような『こういう時の顔』で奈緒子を見下ろした。
「変な想像しながら触るな。私は、……上田さんとしか、こういう事しません」
上田は唇の端をほんのちょっと持ち上げて掌を動かした。
ふくらみの頂上のちいさな乳首に指を押しあて、くにくにと震わせる。
「当然だ。結婚するからには、youには貞操を守る義務がある。俺のために」
「んっ……上田さんにだって、あるんでしょ」
「ああ。君がちゃんとさせてくれるなら、俺はどんなにモテても浮気しない」
「なんで条件付きなんだ、そっちだけ。根性悪いなホント」
長いスカートをたくしあげて、上田は奈緒子と脚を絡めた。
薄い下着の中にもう片方の掌を送り込む。
「……性生活の過剰な拒否は離婚の原因になり得るって知ってるか?」
「なんだ、それ」
奈緒子は頬を赤らめて上田の愛撫を受け入れた。
「あるんだよ。だから後で風呂一緒に入ろう──」
「ってお前、自分の都合のいいように話………あっ…、あん…」
上田が首すじに沿って白い肌を舐めあげると奈緒子は啼いた。
口の中で柔らかな耳朶をくちゃくちゃ噛んで苛めた。
「んっ、あ、あ…いや、そこ…」
「……ひねくれ者」
上田は指先に蜜を絡めて潤いを確かめながら囁いた。
奈緒子は目を閉じ、短い吐息をつきながら頬を上田の胸に押し当てて震えている。
上田が欲張ってあちこちに与えている快感に身を委ね、躯をほんのり染めている。
そんな彼女はとても可愛いが、男は結構忙しい。
「気持ちいいならいいって言えよ」
奈緒子は頷いて上田の背を抱き締めた。
くにゅ、と上田の指に熱い蕩けた場所が絡まる。
「気持ちいいです。とっても……」
瑞々しい唇が紡ぎ、柔らかな膨らみが掌を押す。
そのたびに奈緒子は甘く喘ぐ。上田の耳元で、彼をそそのかすように。
そこに存在するだけで彼女は彼を支配する。
「…………you」
上田は降参の溜め息をつき、そわそわと腰をおしつけた。
「なあ。……挿れちゃっていいか」
一言一言の合間に唇を落としてなめらかな肌を確かめる。彼女に触れていると、上田だって気持ちいい。
奈緒子は喉をそらして上田の目を見た。潤んだ視線が最高にいやらしかった。
「……挿れて」

最終更新:2006年11月02日 22:47