ファナティック by ◆QKZh6v4e9w さん

1-5



南国の暗い夜を背景に、何の変哲もない建物がかがり火に照らされている。
祝いの酒を喰らって騒いでいる人々の目をかすめるのは簡単だったし、裏手の引き戸を外すのも楽勝だった。
内部の構造も単純のようだ。この島の民家と同じに田の字型に区分けされた各部屋を順に廻ればいい。
奈緒子の姿を探して上田次郎は室内に足を踏み入れた。

建具もなにも取り外された内部の奥に、張り巡らされた蚊帳が見えた。
その白と水色の爽やかな印象を裏切るように、内部には濃厚な香の匂いが立ちこめ、蝋燭の灯りが隠微に揺れている。
部屋の奥の薄闇に据えられた、白布に包まれた巨大な男根像。
滑りのある光沢を放つ絹地に覆われた広くて分厚い布団。
その中央に彼女が、覆い被さった男の下でくねっていた。

見た瞬間何がどうなっているのか、よくわからなかった。
長くうねる髪に縁取られた彼女の顔は白すぎて、絹の敷布より色がない。
唇だけが鮮やかで、池の如くひろがった振り袖と同じ色だった。
襟の抜けた肩は丸くて清楚だったが、喘ぎは獣のようだった。
男の腕の先が消えているはだけた裾の奥。
その浅黒い腕をはさんで、二本の腿が蠢いている。
女は自分も腕をあげ、男の後頭部をかき抱いた。
袖が落ちて、細く白い二の腕が上のほうまで露になる。
「……胸は小さいけど、感度いいね」
感心したようなくぐもった声が弾丸の激しさで上田の耳を叩いた。
くうっ、と女が喉をそらしてまた喘いだ。
腿を持ち上げ、何度も何度も男の腰にこすりつける。
「よしよし、可哀相に。すぐに挿れてあげるさあ」
男が尻を浮かせ、褌の紐をさぐった。

その背後に彼は立った。
男の下から、女が喘ぎながら上田を見上げた。
かすかな光が外の闇のような瞳に浮かび上がる。
「……あ…………う……?」
上田は男の逞しく盛り上がった首筋を確認し、おもむろに手刀を振り下ろした。

 *

悶絶した男の重い躯を抱え、渾身の力で女の上から引きずり下ろした。
「逃げるぞ、you」
力なく横たわった彼女の腕を掴みかけ、上田は躊躇した。
男の躯に覆われていた有様が目の当たりに飛び込んでくる。

はだけられているのは裾だけではなく、赤い着物は幅広いしごき一本で辛うじて躯の前に留まっているだけだった。
象牙を彫り上げたような小さなふたつの膨らみと、うっすらと汗にまみれた細い胴。
抜けるようなというよりは病的なまでに白く見える肌の中央の、小さな臍のくぼみに溜まった闇。
下着すらつけておらず、あまり濃くない茂みが細い逆三角形をかたちづくって、下腹部から腿の奥まで続いている。
くびれた胴から腰、尻からもちあがった立体的な細身のシルエット。
腿に至るそれは流れるような曲線で、華奢なだけとは言えない肉感が籠っている。
滑らかな尻が敷いている絹布が歪んだ。
ゆっくりと腰をよじり、彼女は立てていた腿を片方下ろした。
短く、切な気な吐息。
「逃げる………?」







呪縛を解かれたように上田が視線をあげると、白い顔がじっと上田を見上げていた。
上田は深く荒い息を吐き出し、頭を振った。
「──you。媚薬を飲んだのか」
奈緒子の視線はうろたえてはいない。
こんな格好で上田の前にいる状態に、いつもの彼女なら耐えられるわけがない。
奈緒子は俯き、顔を巡らせて、倒れている男をもの悲しそうに眺めた。
「飲まされたんだな、え?」
上田は顔をしかめ、周囲に立ちこめる香の匂いを嗅いだ。
花のようだが奇妙になまぐさい。
この香だってどういう効き目を持つのだか、怪しいものだ。
上田は急いで男の足を持って引きずり、中央の大黒柱に腕をからませ、縛り付けた。
奈緒子の傍らにしゃがみこむ。
「you。さあ、帰ろう」
視線が微妙にあっていない気がして上田は焦った。
「立つんだ」
奈緒子の剥き出しになった肩を掴み、揺さぶった。

「………いや」

小さな声がした。
奈緒子が潤んだ目でじっと上田を凝視している。
「動けない」
そう言うと、はぁっ、と吐息を漏らした。赤い唇の中で舌が揺れて縁を舐めた。
「………」
上田は無言で目を逸らし、背中を向けた。
「おぶされ。連れていってやる」
「…だめ」
奈緒子はまた言った。
「やる気のない事言ってんじゃない。ほら!」
上田が背後に伸ばした手をひらひらさせると、細い指が触れた。
握ろうとすると握られた。手首を、腕を、その指は這い上がり、上田の肘を手中におさめた。
「you?」
振り向こうとした上田の顔の横に奈緒子の目があった。
その濡れた色に見入った瞬間、上田は唇をおしつけられた。

「……………おい!」
尻餅をつくようにして上田は奈緒子を払いのけた。
「待てよ、落ち着け」
振り払われて、長い髪が顔にかかった奈緒子は視線を流して上田を見た。
影の濃い、ぞくりとするような目つきだった。
「……苦しいの」
ゆっくりとまた身を起こし、彼女は背をくねらせて上田の膝に掌を置いた。
「おい!怒るぞ!」
上田は口ひげを歪めて激昂した。
「しっかりしろよ!俺だ、上田だ。助けに来たんだ、わかるか?you……」
再び奈緒子に躯を押し付けられ、上田はバランスを崩して仰向けに布団に転がった。
赤い唇が目の前で開き、舌が踊り、叱ろうとした上田の口は覆われた。






奈緒子は上田の唇を舐めていた。
縁から縁まで、唇の上のひげまで。
柔らかな舌が上田を濡らして舐め上げる。開いた唇をおしつけ、彼の舌を乞おうとする。
切迫した喘ぎが合間を塞ぎ、苦しいと言った自身の言葉を上田に証明しているようだった。
「……」
上田の眉間に皺が寄った。
「…!おい」
肩を掴んで引き離す。
彼女の躯を布団に押し付けて動きを封じ、唇に残った感触を、上田は舌を伸ばして舐めとった。
甘みの影にうっすらと残る生臭い苦み。この味には覚えがある。
「その口紅をすぐに取るんだ」
喘いでいる奈緒子に目を向けないようにして、上田は急いで絹地の端を布団からはぎとった。
「媚薬入りだ。そんなものをつけてたらいつまでたっても──」
奈緒子は上田に口をこすられながら、凄みのある表情で彼を見上げた。
「…薬…?…」
「…?」
上田はぞっとして腕の中の女を見た。
「それなら、ここにも」
奈緒子の手がゆっくりあがって、いい加減乱れきっている襟をかき広げた。
眩い肌が上田の目を射る。
奈緒子は自分の首筋を撫で、鎖骨から乳房に掌を動かしていった。
「ここ…」
白い肌に似合った淡い色の乳暈と、半ば尖った先端を細い指が撫で回す。
腹をおりていく指。
引き寄せた膝が、布団についた上田の腕にあたる。
急な角度を描く腿の内側に奈緒子はためらいもなく指を滑らせた。
「……それに、ここ」

「……くそ」
上田は呟いた。
見てはいけないと思いながら、彼女の動きから目を離せない。
奈緒子が教えようとしている事がおぼろげながら想像できた。
きっと婚礼の儀式の準備として、催淫効果を持つ媚薬──例えばカリボネの成分のようなアルカロイドの一種を躯に塗り込められたに違いない。
奈緒子の眉がひそまった。
目が虚ろに一点を見据え、放心したように吐息を漏らす。
指先が茂みの影にゆっくり沈み、露な肩がびくりと跳ねた。
「……くぅ…」
くねくねと身をよじり、彼女は上田の掌に顔を寄せた。うねる長い髪が指に絡む。
肩が動き、彼女は反対側の腿をかすかに開いた。
「は、あ…」
奈緒子はぐいと背をそらし、喘いだ。赤い唇が半ば開いたままになる。
「あっ……あん…いっ…!」
奈緒子の反対側の手がそろそろと躯を這い、同じく茂みの奥に添えられた。
「んっ」

上田の目の前に、奈緒子は訴えるような表情を浮かべた顔をあげた。
その目には活き活きとした普段の生意気で利発な光がなかった。
闇。
そこにあるのはただただ苦痛と、それから同量の恍惚をたたえた底知れない深さの闇だけだ。
躯の向きが動き、ひきしまった膝が、上田の脇深くに挟まるように押し込まれた。
唇を舐めた柔らかそうな舌が軽く突き出される。
「あふ、あっ…あ…」
ぐちゅぐちゅと掻き回す音がする。
淫らな響きが、疑いもなく彼女の指のその先から。

上田は眼鏡の奥でこぼれ落ちそうなほど目を見開いて奈緒子の痴態を眺めた。
無意識のうちに唇を舐め、微量の苦みを確認する。
理由はわかったが、どうしたらいいのかわからない。
この有様の奈緒子を、どうすればここから連れ出せるのか。






上田の顔を、首を巡らせた奈緒子が見上げた。
「…………だ、抱いて」
彼女の闇をたたえた目は苦痛のあまり潤み切っていた。
「抱いて」
「バカな事を。君と俺はそんな関係じゃ──」
上田は抵抗した。
「なんでもいい……誰でもいいの……抱いて。私を、ねえ、めちゃくちゃに」
めちゃくちゃに。
上田は彼女の哀願に唇を舐めた。
──誰でもいい。
その言葉に自分が傷付いている事がわかる。
くらくらするほど生々しい香のかおり。

 *

奈緒子が正気ではない事はわかっている。
こんな状態の彼女を抱くなど、そんな事が許されるはずがない。
「────」
いや。
いや、いっそのこと……抱いてしまえば。
他の誰でもなく、上田自身が抱けば、彼女の受ける傷は少しでも少ないかもしれない。
友達も恋人もいない彼女が唯一救いを求めようとした自分にならあるいはそれは許されるかもしれない。
彼女の味わっている、自分を見失うほどの苦痛を、深い混乱を鎮めるのに、それが一番役立つのなら。
彼女をこの島から連れ出す事ができるかもしれない。
飲み下しにくい唾を無理矢理にのみこんだ。
唇にまぶされた毒の薬。

自分が考えているその解決法が純粋に理性から出ているのではない事が上田にはうっすらとわかる。
すぐにムキになる、少女めいたひたむきな表情の面影が心の奥底に沈んでいる。
一体どうすれば彼女を救えるのか。

動かないままの男の躯に、奈緒子の腕が伸びた。
肘を、二の腕を這い上がり、肩の後ろに廻される掌の熱。
これが唯一の道だとばかりに迷いもなく彼の腿に絡みつく細い脚。
「たすけて」
食虫花のように咲いた唇。
あなたに会えて、よかった。
そう囁いて微笑した彼女と同じ白い顔。

「わかった」
上田は答えた。

 *

白い絹布の上で、南国の闇の中で、淫らな香の煙に巻かれながら奈緒子を抱く。
「ん、っ……ん」
のたうつ躯を抑えつけて、唇に残った紅を奪う。
舌で潤し、丁寧に吸う。
塗られた場所を考えるに、この媚薬の成分は粘液から吸収されやすい性質を持つのかもしれない。
躯が熱い。
唇が柔らかい。
混じり合う唾液が口の中で蕩けて、上田の心を麻痺させていく。
手を伸ばして、奈緒子の躯を胸から引きはがす。
ちいさな膨らみを握り込むと密着した唇から呻きが漏れる。






奈緒子の舌が口の中に忍び込んできて、上田はわずかに目を見開いた。
その、ぎこちないくせに当然のようなひらひらとした動き。
背後で気を失っている男を思い出す。
猛然と湧き上がった感情をそのまま舌に絡めて反対に彼女の口腔に押し戻す。
「ん、ふ」
唾液を啜り、乳房をもみしだくと奈緒子の喉から声が漏れる。
そのうっとりとした響きが彼の感情を倍増させる。
そのまま顔をずらせて這わせ、彼女の右の乳房を銜えた。
「あぁああ」
ひくんと細い躯がのけぞる。

優しくはできなかった。強く吸い、塗り付けられているだろう薬を舐めとっていく。
左側も同様に。小さな突起が舌を誘うように、柔らかな乳暈の上に聳えて固くなる。
舌でくるんで転がして、残さないように何度も舐め上げる。
「んふ、あ、……あっ、あうん…」
腕の中でくねる躯。奈緒子の、耳を疑うような喘ぎが上田の頭上に響く。
あの男も吸ったのだろうか。奈緒子の反応がひどく甘い。
顔をあげると、息を乱した奈緒子が眉をしかめて上田を見上げる。
やめないでほしいのだろう。
肩をくねらせ、紅の剥げた、それでも赤い唇を差し出そうとする。
熱い。
ベストを脱ぎ、ボタンダウンの襟を開いていると、奈緒子の手がするりと腰にまわされた。
ひきよせた上田の躯に、彼女は腰を押し付けてくる。
それだけで彼女は白すぎる頬に血の色をあげた。
「ふぅっ……はぁ、あ…ん」
彼女の下腹部にかたく押し付けられる上田のもの。
「まだだ」
邪険なほど強い力で奈緒子から身をはがすと彼女は怒りの声をあげた。

その腿をひきあげ、上田は躯をずらしてさらに下がった。
「………」
納得したように、奈緒子は力を抜いて上田を眺めた。
開いた腿の内側を見せつけるように、彼女は更に脚を開いた。

絹と同じぬめりの躯で余計にほの暗く見える茂み。
その帯に縁取られてほのかに開いている細い裂け目。
内側に、赤い肉が濡れて光を弾いている。
掌の中の脹ら脛がするりと抜けたのに気付き、上田は敷布に手をついた。
耳に、とん、と奈緒子の脚が触れる。
上田の肩に片足をあげる淫らな姿。奈緒子は期待に満ちたくらい目で上田を見上げて微笑した。
上田は呻く。そんな場所を隠し持っているとは思えなかった清楚な表情がどこにもない。
生々しくてグロテスクな肉が、香と入り交じった女の匂いを放って誘っている。
すっとその端に細い指がかかり、裂け目がひろがった。
柔らかな濡れた肉と、内側にたたえられたぬめりが滴りそうなみずみずしさで目前に見せつけられる。
「ね」
奈緒子の声がする。震えている。羞恥ではない、期待にだ。
「ね……」
上田は肉にかぶりついた。
「ああ」
嬌声をあげて白い躯がのたうつ。
「素敵。あぁ、あ、あ」
塩の味、なまぬるい酸味を帯びた透明な蜜をまぶした奈緒子の肉。
そこにも濃厚な甘みと苦さが入り交じっている、これのせいだ。
奈緒子がこうなったのは、これの。



最終更新:2006年11月02日 22:30