不老不死 by 初代名無し さん
6
息を吹き返した上田は、
いつもの調子で奈緒子をまくし立てた。
「バカか、YOUは。
バカだバカだとは思っていたが、まさかここまでバカだったとはな。
不老不死?
なんだそりゃ。
普通の人と違う?
じょーとーじゃないか。
だいたいな、普通ってナンなんだ?
人間はみんな違うもんなんだ。
違ってて当たり前なんだ。
背の高い者もいれば、低い者もいる。
足の速い者のいれば、遅い者もいる。
YOUのように貧乳の者もいれば、そうでない者もいる。
しかし、それがどうかしたか?
YOUのその力も同じ事だ。
そんなものは所詮、個性の一つでしかないんだよ。」
「どう言う・・・事?」
奈緒子には理解できない。
本当は、自分の都合のいいように理解してしまうのが怖かった。
「いいか、
YOUの様などうしようもない個性の塊と行動を共にすると言う事はだな、
その全てを甘受し、受け容れなければならないと言う事だ。
それは誰にでも出来ることではない。
私のような人格者であればこそだ。
分かったか?
分かったなら、私を崇め敬い付き従え。
一生、そばを離れるな。」
「どう言う事・・・なんですか?」
奈緒子はまだ理解できなかった。
上田からの確証が欲しかった。
「まだ分からないのか・・・。
つまりだな・・・、
・・・、
好っきゃねん!やっぱ好きやねん!!」
「・・やしき・・たかじん・・・?」
奈緒子は凍り付きながら、
やっと上田の気持ちを理解した。
人間にとって一番辛いことはナンだろう?
それは、自分という存在を否定される事だ。
「お前はコレが出来ないからダメだ。お前はアレが足りないからダメだ。」
私たちは常にそう言った条件を求められ、
その条件をなんとか満たそうと努力しながら生きている。
では、その条件を満たすことが出来ない場合はどうなるのだろう?
自分の存在そのものを否定された場合はどうなるのだろう?
そこにあるモノは絶望だけである。
しかし、なんの条件も求めず、
ありのままの自分を受け容れてくれる存在あるとしたら?
自分の事を、否定も肯定もせず、ありのまま受け容れてくるとしたら?
だとすれば、私は生きていける。
私は、条件を満たそうと足掻きながら、
一方では、自分を受け容れてくれる者を求めている。
奈緒子は、超常なる力を持つ自分を受け容れてくれる者を求めた。
その力を忌まわしむ事もなく、もてはやす事もなく、ただ受け容れてくれる者を求めた。
多くは求めない。
たった1人で良いのだ。
上田は優秀な物理学者だ。
崇拝すべきは、偉大なる物理学者アルベルト・アインシュタイン。
上田は、アインシュタインの相対性理論に通じ、
それに相通じる"彼我の関係"をも理解していた。
「我、思う故に彼あり。彼、思う故に我あり。」
自分がその人を想う時、その人は存在している。
その人が自分のことを想う時、自分は存在している。
自分の存在や行為を誰も気にかける事がなければ、自分という存在はどんどん希薄になっていく。
それを理解していた。
上田が存在するから、奈緒子が存在する。
奈緒子が存在するから、上田も存在するのである。
2人が存在するから、世界が存在する。
世界が存在するから、2人も存在するのである。
成るべくして成った2人。
2人には行く末には、奈緒子の持つ力の大きさ故、数多くの困難が待ち受けている事だろう。
しかし、互いの個性を認め合い、互いが互いを必要とする限り、なんら恐れる事はない。
2人には、2人の世界が存在するのだから。
あれからどれくらいの時が過ぎただろう。
今、窓の外には秋風が吹いている。
風がそよぐたび、庭木の紅葉が舞い落ちていく。
その様子をベッドから見ている男がいた。
2mはあろうかと言う巨躯、
やせ細り白髪混じりではあるが、間違いなく上田である。
上田は今、病床の淵にいた。
その上田の横には、長く美しい黒髪の女性が付き添っている。
奈緒子である。
私たちの知っている、若く美しい奈緒子がそこにいた。
上田は奈緒子の手を握り、しわがれた声を絞り出すように言った。
「私は・・YOUには何もしてやれなかった。
"シュレーディンガーの猫"か・・・。
所詮、・・物理学者の私に・・・YOUの力を解明することなど不可能だった。
こんな私に、ずっと付き添ってくれて本当に有り難う。
すまなかった・・・。
心から感謝してる。
YOUに出逢えて・・本当によかった。」
上田の手から次第に力が抜けていく。
上田には死期が近づいていた。
奈緒子は涙を流し、握りしめた手に力を込めた。
あの日以来、封印していた力を使おうとしたのだ。
しかし、上田は諭すように言う。
「YOU・・・、それはいけない事だ。
YOUの力を・・この世界で使ってはいけない。
もう2度と使わないと約束しただろう・・・。
YOUは・・、普通の人間なんだ・・・。」
上田は、その言葉を残して静かに息を引き取った。
奈緒子は、上田にしがみつき叫んだ。
「いやぁ!上田さん!!
お願い、死なないで!
上田さん!もう少しだけ!!
お願い!私を1人にしないで!!
上田さん!上田さん!!
いやあぁぁぁーーーーーー!!」
奈緒子は気が狂ったように泣き叫んだ。
もう決して動くことのない上田の体にしがみつき、泣き叫んだ。
泣き叫びながら、何度も何度も上田の体を揺さぶった。
それはまるで、上田を生き返らせようとしているかの様だった。
だが、上田が生き返る事は決してない。
奈緒子は上田を裏切らなかったのだ。
愛する者を失う事より、愛する者との約束を選んだのだ。
それは、なによりも上田が望んだ事なのだから。
窓の外で吹きすさぶ秋風は、
いつのまにか北風に変わろうとしていた。
最終更新:2006年10月28日 22:00