繋がる by  ◆QKZh6v4e9w さん

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もはやつっこむのも面倒で、奈緒子は肯定した。
「そうですけど」
『外せよ』
短い物言いで、上田が興奮しているのがよくわかる。
受話器を肩に挟んで、奈緒子はもぞもぞと背中のホックを外した。
「……ええと。外しました」
『よしよし……』
また鼻息の音がして、キスしているらしいちゅっ、ちゅっという音が聞こえてきた。
「上田さん。…キスしてるんですか?どこに?」
『youの肩。後ろから、今右側だ…』
「……」
『……左。腕、細いよな、お前』
奈緒子は受話器を肩に挟んだまま、居心地悪く左右を見た。
たぶん今自分はとても間抜けな姿であるに違いない。
だが、なぜか胸がドキドキと高鳴っている。

問題は上田のこういう時の声が渋すぎる点にある。
怯えたり空意地を張ったり泣いていたりする時には実に情けない声のくせに、奈緒子をからかったり抱いたり意地悪をしたり他いろいろの時には、上田は回路の切り替わったような声を出す。
自分でもその声を気に入っているらしい──ナルシストだからだ。
そして、彼の自信たっぷりの声に、悔しい事に奈緒子は弱い。
多分上田は彼女の反応でそれを知っているのだろう。
低くて深くて甘い『お気に入りの声』が、受話器から直接、頭や躯の芯に響いてくる。
丁度、抱かれている時のように。

『髪が邪魔だ』
ふっ、と上田が息を吹き付けた。
「あっ」
思わずびくっとして奈緒子は背すじを伸ばした。
『……ん?……反応したな』
「み、耳元で急に息、吹くから」
落ち着きなく耳元の髪を耳にかきあげながら、奈緒子はぎこちなく囁いた。
『ふっふっふ。…今からブラの下に手入れるぞ』
「え……」
『俺の代わりにyou、手空いてるか?空いてたら、そっと入れてみてくれ』
「ええっ。わ、私が?」
『他に誰がいる』
「でも…」
『いいから』
「でも」
『ほら』

しつこいので、奈緒子はためらいつつも受話器を右手に持ち、左手を胸に伸ばした。
ブラの下は温かく、ささやかな膨らみは湯上がりの湿度を保ってしっとりと落ち着いている。
『……やわらかく、揉むんだ』
「………」
奈緒子は眉をひそめ、真っ赤になりながら、掌を開閉した。
自分で自分の胸を揉んでもなにが面白いのかさっぱりわからない。
「──上田さん。別に、楽しくないです」
『馬鹿だな』
上田の鼻息がする。
『それを俺の手や指だと想像するんだよ。俺に後ろから抱かれてそんな事されてるんだとな。いいか人間はな、豊かな想像力を駆使すれば何事も不可能な事なんてないはずだぞ』
「上田の」
想像した途端、奈緒子はまたぴくんとした。
「や、やだ」
『ふふ。……そのまま、続けてろ、いいな……』



指の間に挟まった乳首がだんだん固まっていくのがわかった。
奈緒子は染まった顔を傾けて、そーっと俯いた。
ブラの下で細い指に揉みしだかれている乳房は、刺激でうっすらとしたピンク色に変わりつつある。
掌にほとんど隠れてしまう膨らみは、量感には欠けるものの柔らかさと手触りは案外良い。
上田の視線を重ねると俄然その膨らみは淫らなものに見え、奈緒子は小さく喘いだ。
きめ細かな肌が、窓からの、夕暮れの名残の褪めた光を弾いた。
たちあがった小さな乳首はもっと濃い淡紅色で、膨らみに細い指先が沈むたびに細かく上下左右に揺れている。
「あっ…」
魅入られたように凝視し、そんな自分に気付いた奈緒子が思わず声をあげると、黙っていた上田が囁いた。
『ブラは外してしまおう。もっとよく見えるように、な』
「………」

細い腕に肩紐を滑らせた奈緒子は不安げに、みるみるほの暗く陰影を帯びてきた室内を見回した。
どこかから夕餉の支度をしている匂いがかすかに漂ってくる。
自分が上田に唆されてこんな事をしていると、見ている人など誰もいない。
いないのに、恥ずかしくて仕方ない。
『外したか?』
「………」
『仰向けに横になって。髪を撫でててやるから』
奈緒子は一層赤くなったが、操られるように毛布の上におずおず横たわった。
『キスするぞ。目を閉じて、舌を……』
目を閉じると上田の小さな吐息が聞こえた。
『俺の背中に、手を廻して。…受話器、置けよ。肩の横に』
上田の躯の厚みを思い出して、奈緒子は想像上の彼の肩甲骨の上のあたりに掌をあげた。
腕を曲げて目を開け、天井を眺める。
バレリーナみたいだ。
「……あの、このポーズって一人でやってるとすごく間抜けなんじゃ……」
『you!現実に戻るんじゃないっ』
畳に流れる髪の上に置かれた受話器から、上田の叱る声が響く。
『キスするぞ。…それから、腰浮かせて。腕廻すからな』
ちゅ、ちゅっとまたあの柔らかな音。
一体どこにキスしてるつもりなのかは相変わらず不明なものの、この体勢だと、ええと…。
奈緒子がそう考えているところに低い、含み笑いの声。
『なんだ、you…ふふふ、…乳首、すっかりたってるじゃないか』
「!」
奈緒子はばっと腕で胸を抱いた。
間髪入れずに怒声が起こった。
『こら!隠すなって!』
「ど、どうしてわかる!」
『お見通しなんだよ!……そろそろパンツいくぞ』
「……まさか」
奈緒子はもじもじと脚を絡ませた。

『そうだよ。全部脱ぐんだ。…さあ、you…手伝ってやるから』
「ど、どどど、どこ触ってるつもりなんですか?」
『今、下着とyouのお尻の間に手を滑らせて、ゆっくり剥いてると思え。おぅ、柔らかいな……ほら。腰もっとあげて』
「………!」
落ち着かない。
『ちゃんとやってるか?』
奈緒子はのろのろと腰を浮き上がらせ、顔を受話器からそむけた。




ところが、上田の気はすぐに変わったようだった。
『いや待て。つけたままちょっと苛めるか』
「え」
『パンツは穿いたままでいいから、指。指をゆっくり、アソコの溝に沿って……滑らせる』
「……えええっ!?」
『なんだその厭そうな声は!youしかいないんだから仕方ないじゃないか。いいか、一旦始めたからにはベストを尽くすんだ…』
熱の入った上田の声の抑揚は、とてつもなく嬉しそうだった。
『ふふふ……ほぉら、youの細い綺麗な指でだな、ゆっくり……ゆっくりな…ん?なんだか透けて……』
「……!」
奈緒子はぱっと片手で、レース付きのパンツに覆われた大事な場所を抑えた。
上田が、ことさらに奈緒子の羞恥を煽る物言いをしている事は理解したが、いくらなんでも恥ずかしすぎる。
『なんだよ。濡れてるんじゃないだろうな』
「……うう…」
動揺するのは、実際に躯が火照り、心臓が乱打しているからだ。
秘所を抑えた掌も、指にあまり力を入れないようにしなければ。
変な具合に疼きはじめているそこを過剰に意識したら負けてしまいそうだ。
「……ん…ん……」
負けるって…何に?
動揺はとめどがなく、思わず護りを固めようと掌に力が入った。
ささやかなレースに指先が軽くめりこみ、そこから走った電流のような快感に奈緒子は思わず悲鳴をあげた。
「きゃうっ!」
『…ふっ、気持ちいいか!』
上田が声を高めた。
『……中……ヒクヒクしてんだろ、you。辛いか? パンツの横から、その指…入れてやろうか……』
「う、ううう……!」
じんじんと不穏な股間から手をひき、奈緒子は呪縛を振りほどこうと起き上がった。

恥ずかしい。ほとんど泣き出す手前の気分である。
淫らな想像を引き出す言葉で、耳からじわじわ犯されているようだ。
これ以上はとてもつきあっていられない、自分が自分でなくなってしまう。
この悪魔の声から逃げ出さなくては。
大体なにが悲しくて彼の言いなりに一人、部屋の中でこんな真似をしていなければいけないのだ。

それでも電話を切ってしまう勇気は出なかった。
──ただ、幸い奈緒子の実際の様子は上田には見えてはいない。
奴は妄想を逞しくして喜んでいるだけなのだ。
こうなったら声だけ調子を合わせて上田を騙してごまかそう。
この底なしの恥ずかしさから逃れる術は他にない。
奈緒子は決心した。
半裸の姿で毛布の上に座り直し、胸を片腕で抱いた。
呼吸を整え、受話器をとりあげる。

『おい、you…?どうした』
鼻息混じりの上田の声が聞こえる。
奈緒子は勇気を振り絞り、できるだけうっとりとした声を出した。
「入れて…ゆ、指。上田さん」
『………』
とたんに聞こえてくる鼻息が荒くなった。
『ま、待ってろよyou。すぐ……!』
奈緒子は赤くなったが、急いで演技を続けた。
「やだ、そんなに……うう…つ、強く、触らないで…」
声だけでも恥ずかしくてたまらないが、実際に自分であれこれする事を思えばなんぼかマシというものである。
奈緒子は毛布から降り、端を躯に巻き付けた。
このまま裸同然の姿でいてはいい加減躯が冷えてしまう。
「ああん…厭、ソコは…か、堪忍して。お侍さん」
頑張って演技を続けながら奈緒子はまたもや赤くなった。
自分で自分に心の中でつっこんだ──一体どういうエロ時代劇だ!





『お、おぉうっ…ソコって、アレかっ…さ、触ってるんだよな?え?』
上田の声は辛うじて低さを保ってはいたものの、もう完全に興奮状態のそれだった。
『ここだな、奈緒子?ここ摘むと気持ちいいのか。そうかやっぱりなっ、ふっふふふ』
「あん…」
『こんなに濡らしやがって。パンツ、ぐしょぐしょじゃないか。──あったかくてぬるぬるしたとこ、指で掻き回してみないか?ん?厭か?いいよな?ほら。ほらほら』
「……あ、ああん。き、気持ちいい。あん…………くっ、覚えてろよ上田っ……」
『ゆ、you!……そこまでだっ。いいか、そのままだ。そのまま、待ってろよ!』
「……上田さん?」
ふと奈緒子は違和感を覚えた。

上田の声の後ろに、不規則に響くかたい音が聞き取れたのだ。
どこかで聞いた……音。
『欲しいか、俺が』
「え。あ」
奈緒子は急いで演技に戻った。
「ほ、欲しいです…。えと…す、すっごく。でも──」
『そうかそうか!いい子だ!ふっ、ふははははは!!』
奈緒子はぎょっとして音速に近い早さでドアの方角に頸を巡らせた。
今の浮かれた高笑い、受話器からだけじゃなく、そこの廊下で響いたような。

「──ああっ!?」

奈緒子は思い出した。
さっきの上田の声の後ろの音、あれは池田荘の階段を駆け上がる時の──。


ドアノブが回り、廊下からの灯りを受けた大きな影が戸口を塞いだ。
寝癖に似たもじゃもじゃ頭のシルエットの下に眼鏡の銀縁がきらりと光った。
その瞬間、電話をとるのに気が急いていて、戸締まりを忘れていた事に奈緒子はようやく思い当たった。
「う、上田っ!?」
「よう」
上田はドアを閉め後ろ手に鍵をかけると、手にしていた携帯電話らしき物体を床に放り出した。
靴を脱ぐのももどかしげに部屋に上がり込み一直線に向かってくる。
ちゃぶ台が蹴散らかされて斜めに滑り、あっという間に奈緒子の毛布は剥ぎ取られた。
驚き慌てているあいだに、上田の躯は半裸の奈緒子を畳に押し倒してようやく止まった。

「電気つけてなかったのか。ふっ、まあいい。恥ずかしいというわけだ、可愛い奴だ」
「上田さん!どうしてこんなとこに居るんですか!アメリカにいるはずじゃ──」
「びっくりしたか?」
上田は奈緒子を抱きすくめ、得意げに鼻を鳴らした。
「驚かせてやろうと思ってな。あとの予定は切り上げて二日早く戻ってきたんだよ」
上田の躯は重く、ジャケットからは夜気の匂いがした。
奈緒子はとりあえず押しのけようと思ったのだが、意に反して腕がその背にまわっていく。
「上田さん」
想像して抱き締めた時よりもずっと厚みがあった。
上田が本当にここに居ることを実感し、奈緒子の頬は暗がりの中でぱっと染まった。
「上田…。驚かせたかっただけ…なのか?」
「………」
上田は顔をあげて奈緒子を見下ろした。
「言わせんな。それより」





眼鏡を外し、斜めになったちゃぶ台に手をのばしてそれを置きつつ上田の声は、散々電話で響かせた甘さを取り戻した。
「すぐしよう。な、やろう、本番。いいだろ。ん?」
「──本番ってオイ!」
「正直者には三文の得なんだよ」
「それを言うなら残り物なんじゃ」
「早起きだろ!……いや、まあ細かい事はどうでもいいじゃないか。さっきの続き、やろうぜ…」
大きな掌が素早く腰にまわされ、しっかりした指が、彼が電話で言っていたように奈緒子の尻に沿ってパンツを剥いた。
「あっ、ちょっ…!す、すぐそれ!?」
あっという間に奈緒子の足首から薄い布を抜き取り、てきぱきと膝を掴み、その間に躯を割り入れながら上田は囁いた。
「『すっごく』欲しいって言ったじゃないか。もう歩くのが難しいくらい興奮させられてたんだ、我慢できるかよ」
「バカッ!あれは、演……あっ、やめっ…!」
奈緒子は彼の腕を掴んで落ち着かせようとしたが、完全に逆上しているらしい上田は聞く耳持たなかった。
ジャケットを脱ぎ捨てベルトを緩め、ブリーフごとズボンをようやく膝まで降ろした所で舌打ちし、彼は奈緒子に組み付いた。
「いいか、もう。このままで」
「って、あ、待」

両腿の間の密やかな谷間に、いきなり押し込まれた。
奈緒子は二週間ぶりの挿入にのけぞった。
「んっ、駄目、そんな……あ…あ、ああああっ…ん!」
「おう、う…く、…奈緒子っ」
浮かれたように奈緒子の躯を押し上げかけ、上田は荒々しい吐息をついた。
「なんだ……思ったより濡れかたが控えめだな。…まあいい」
「よ、良くないっ…も、もうちょっと、待っ…」
上田はせわしなく腰を前後に少しずつ動かし、蜜を塗り付けて行き渡らせようと工夫している。
「おぅ…っ……してるうちに…もっと……濡れてくるって」
「そんないい加減な!…あ、あん、や…」
上田の唇に口を塞がれ、躯の芯を半ばまで占拠され、腕でがっちりと背中と胴を確保された奈緒子は喉で呻いた。
こうなったらもう終わりだ。
本気になった上田相手に抵抗なんかできるわけがない。

「……んっ、んんっ、うう……や、やだ、動かないで……!」
「奈緒子……ん?なんだ」
どうしても奈緒子の声は哀れっぽくなる。
わずか二週の間だというのに、上田を受け入れる要領というか、感じを忘れかけていたらしい。
ここまで凄まじい質量だったとは。
入れられただけの時点でまさか初めての時と似たような思いをすることになるとは思わなかった。
いつまでたっても挿入が終わらないような気がして、奈緒子は上田にしがみついた。
「上田っ!…ま、まだ…?」
一方上田のほうはと言えば久々の奈緒子の膣の悩ましい感触にすっかり没入していて、ほとんど上の空だった。
「い、いいな、やっぱりyouの中……ん」
「駄目!…ああっ…あんっ……!」

それでもやはり処女ではない証拠に、躯が馴れるに従って徐々に緊張がほぐれていく。
ブランクがある事を自覚してかそれとも奈緒子の反応をみてか、上田はそれなりに辛抱しているようだった。
「……久しぶりだ」
侵入をとどめた上田に奈緒子は強く抱きしめられた。
皺だらけのシャツやベスト越しに上田の匂いがする。
彼が左手首につけたままの腕時計やブレスレットが奈緒子の肌に食い込んで痛い。
「上田さん」
躯の奥を埋め尽くす強烈な違和感に、巡り始めた快感が絡まり覆い隠しながら奈緒子の躯に根を張っていく。
大きな掌で髪を撫でられ躯を愛撫されながら、奈緒子は潤んだ瞳をようやく開けた。

「奈緒子」
「…上田…さん」
上田のわずかな動きに合わせて腰がゆっくりくねりはじめる。
奈緒子は上気し、染まった顔で彼を見上げた。薄闇に目も慣れて、ぼんやり上田の表情が窺える。
「…は、ぁん…」



喘ぐと、上田の声に熱が入った。
「素直じゃないか……you」
「あ……」
ゆっくりと一番奥に押し付けられる。そこから広がるじれったくて甘い快感。
最初からあまり激しく動かれるよりも、こんな始まりかたのほうが奈緒子は好きだ。
繰り返し繰り返し押し付けられてわずかに前後に抉られた。
その感覚に囚われ、引きずり込まれるように夢中になっていく。
周囲が暗いせいもあるのかもしれない。
温かい腕の中だけが自分の世界なのだと錯覚しそうだ。

「上田さん。上田さん」
大きな躯にしがみつき、腰を控えめに押し付け、奈緒子の躯はもっと強い刺激をねだりはじめる。
「よしよし。…もう、いいか?…いいんだな」
「…あ、んっ…」
「どうして欲しい?」
「……」
耳朶に直接囁かれる質問は、さっきとは違ってそれほど意地悪には感じられなかった。
奈緒子は小さく囁いた。
「動いて…い、いいですよ」
上田は鼻から太い息を漏らした。
「『いいですよ』?──やっぱ素直じゃねえな…ジャジャ馬」
おもむろに奈緒子の腿を抱えあげて間を広げ、彼はゆっくりと前後に動き始めた。

テクニックがどうの動きかたがどうのと、蘊蓄好きの上田はたぶんいろいろ考えているのだろう。
だが、中で動かれる奈緒子の方では正直そんな細かい事はわかっていない。
ただ、大きくて温かいそれが押し広げた芯を抉り、圧迫する様を胎内深くに感じるだけである。
上田の巨根はまるで奈緒子という宮殿の中で威張っている専制君主のようだ。
ほどけた躯を感じながら上田にしっかり抱かれていると、その圧政すら心地いい。

上田が動くたびに繋がった場所からぷちゅ、ずちゅ、と恥ずかしい水音が漏れてくる。
腿を広げられているから音が籠る場所がない。
「ん」
腰をくねらせたが快感が増しただけだった。顔を振ると視線が交わった。
わずかな明るさを受けて光っている上田の目をみた奈緒子には、彼がその音を愉しんでいる事がわかった。
「あん…あん…あっ、あん」
唇を半ば開き、奈緒子は上田の動きのままにうっとりと声をあげた。
「溶けそうな…躯になってるな、you…」
「んっ…言わな…あ…あっ!?」
いきなり上田の片手が汗ばんだ奈緒子の下腹部に差し込まれ、掌が敏感な芽を茂みごと握りしめた。
あまりに唐突だったので息を整える暇もなかった。
「…っふ、ふぁああっ!!」
くわえこんだ肉に擦られている状態に加えられたその刺激で、奈緒子はあっけなくのぼりつめた。
脳に直結した快楽が体中を波打たせる。
大きな掌も彼の重みも水音も、なにもかもを忘れかけた奈緒子の腕を上田が掴んだ。
「奈緒子」

「んっ……はあ…う……っ…」
達したばかりの躯を抱かれ、乳首を強く吸い上げられて奈緒子は我を取り戻した。
ささやかな乳房は結構な力で揉みしだかれている。
首すじを上田の舌が這いまわり、濡れた唾液と肌の匂いが鼻をついた。
ぞくりとした。
「奈緒子…」
痙攣している胎内の圧迫が強まる。
「うえ、だ…さん…んっ…!」
余韻を味わう暇も与えられない蕩けた躯の内側に、また新しい戦慄がためらいがちに巡り出す。
「──you、もういいよな?」
溢れた彼女の愛液で楽になったらしい上田が、猛烈な勢いで動き始めた。





腿はもう抑えられてはいなかったが奈緒子にはもう引き寄せる意思も余力も残ってはいなかった。
「あ、ああっ、あっ…ん、ん、ん」
今達したばかりなのに、躯が次の波に乗ろうとしている。
腰が、背中がびくびくとうねる。
躯の内側の複雑な肉が蜜を垂らしながら上田の巨根に絡み付く。
何度引き抜かれ押し込まれても執拗にきりもなく。
「あ、はぅ…っ、イっちゃう、私、またイっちゃう…!やだ、やだぁっ」
自分の躯も舌も声も、こんなに淫らだったのか。
信じられない。全部上田のせいだ。
「やだ、じゃない!イってしまえっ」
上田が耳元で奈緒子の責任転嫁を吹き飛ばすように低く叫び、ぐいと細い腰を持ち上げ、揺すった。
奈緒子は呼吸を忘れ、強く目を閉じた。
細い透明な流れが、上気し、紅潮した目尻から伝い落ちた。
「あ───!」

「山田ぁ!!」

どんどん!と、叩き破らんばかりの音響がドアの付近で轟いた。
二度めの絶頂へひた走りかけていた奈緒子の躯はびくりと跳ね、反射的に起き上がろうとして重い躯に阻まれた。

ドアの外で大声を張り上げる人物なんて、池田荘の主ハルと、ジャーミーに決まっている。
「さっきっから大声で、何変な寝言言ってんのあんた!まだ宵の口だってのに近所迷惑だよっ!」
「騒音ウルサイゾ!」
「山田!!聞いでんの!?」

「──すっ、すいま、せ──!」
快楽が津波の前の引き潮の如く一気にどこかにひいていき、奈緒子は赤面しつつ再び起き上がろうとした。
大きな手で口を塞がれた。
上田の躯がまともにのしかかってきた。
「ん、んーー!?」
上田は刻んでいた眉間の皺を一瞬緩めて奈緒子にウィンクをし、掌を外して彼女の唇を奪った。
「上、んっ!」
力一杯抱きしめられ、奈緒子は躯の芯を深く貫いてきたモノが弾けたのを感じ取った。
びくびくとそれは奈緒子の中で暴れ、熱い躯にさらに熱を加えていく。
「ん、んんっ……んー…ん……」

「まぁた騒いだら、今度こそ荷物纏めて出ていっでもらうからね!」
「引ッ越シハイツデモ歓迎ダケド、夜逃ゲハ許サナイゾ!」
「……電気ついてないし。寝てんのかね、山田の奴」
「ソウイエバ寝言ダカラ、寝テルカモ、ハルサン」
「全く。じゃ明日改めて、膝詰めで叱るか、ジャーミー」
「賛成デス。コノ人イイ加減ダカラ、厳シクオ灸ヲ据エル必要ガアリマス」
「行こ。行こ」
「行コ。行コ」

ドアの外からも廊下からも彼らの気配が消え、ほの暗い室内に聞こえるのは奈緒子の静かな呻きだけになると、上田はようやく顔を離した。
ふーっ、と深い吐息をついて彼はドアのほうを見た。



「危ないところだったな」
「…んっ……はぁ…」
動けない奈緒子から、上田はゆっくりと沈めていた腰を退いた。
「んっ…ん」
抜かれながらいちいち呻いている奈緒子を上田は気付かぬふりして見下ろした。
「せっかくのフィニッシュなのに──画竜点睛を欠いたとは思わないか?残念だよ」
「こ……こら上田!最後までやっといて」
まだがくがくと小さく震えている脚を辛うじて閉じ、奈緒子は上田を睨みつけた。
いや、睨みつけているつもりだろうが、その視線には力が欠けている。

手探りでストックの壜から数個、勝手にポケットティッシュをとると上田は奈緒子に身を寄せた。
「ほら。キレイにしてやるから。脚開けよ」
奈緒子は慌てたように起き上がろうとした。
「自分でやります。触るな」
「照れるなって。……抵抗すると今度食事奢ってやらないぞ」
厭がる奈緒子を抑えつけて上田はゆっくり後始末をした。
「あん、…あ…こら…っ、ち、力入れるなっ……」
「入れてない」
「あっ…!ゆ、指やめっ」
「滑っただけだ……ふっ…ふふふ。過剰に反応するんじゃない」
「うっ……」
大きな手を払いのけ、奈緒子は涙目ですっきりした表情の彼を見上げた。
素知らぬ顔で上田は自分の処置も終え、さっさと服装を整えた。


「──次郎号に、さっき言ったyouへの土産を載せてるんだ。見るか」
奈緒子は露な躯に毛布を巻き付け、小さな電気をつけて勝手に部屋を漁る上田を眺めていた。
上田はタンスやファンシーケースから奈緒子の下着や服を探し出し、次々と手渡してくる。
「汗かいたな。もう一度銭湯に行くのも面倒だろうし、そうだ、君もマンションの風呂に入れてやろう」
仕切りまくる上田に奈緒子は細々とつっこんだ。
「やけに親切じゃん」
「ついでに出前もとってやる。君の好物の特上寿司だ」
「………」
「しかも俺は明日はまだ休みだ。嬉しいだろう、you」

「下心見え見えですよ、上田さん」
「わかる?」
上田はにやっと笑った。
「わかりやすすぎるんですよ」
奈緒子の口調はいつもの切れ味を欠いていた。
「君もわかりやすい顔をしている。鏡を見てみろ、実にスケベな目つきだ」
「!」
奈緒子はばばっと両手で顔を覆った。
「you」
上田がその傍に顔を寄せた。上気を残した頬に乱れた長い髪を指にかけ、細い肩に流してくる。
「邪魔が入らなければあとちょっとでイくとこだったんだろ。嘘ついても無駄だ……まだうずいてんじゃないのか。ん?」
「……そんな、事は」
「だから選択肢は一つしかない。──しかもここに残れば、君のいやらしい寝言の件で大家さんとジャーミー君が明日文句を言いにくるんだ」
「うっ」
「来いよ」
「せ、背に腹は替えられませんね。そんなに言うなら行ってあげます」
「──バーカ」
赤面し、服を着始めた奈緒子の艶かしく伏せた目を見て、上田は満足そうだった。






靴紐を結びながら奈緒子はふと、廊下に立つ上田を見上げた。
「上田さんって、ここまで車運転して来たんですよね。よく電話なんか」
両手をポケットに突っ込んだ上田は自信たっぷりに鼻で笑った。
「ふん、簡単だよ。俺は学生時代にも当時難解ぶりで有名だった主任教授の講義を受講しながら録音しておいたラジオ講座を聞くというエキサイティングな実験を行い、結果最高点で試験に合格した上第二外国語選択のドイツ語もわずか数ヶ月でマスターしたという経験がある」
「黙れ。あの、そうじゃなくてたしか運転中のケータイって」

彼は奈緒子の荷物を取り上げた。
「そんな俺にしても」
「無視かよ」
「信号待ちから左右に曲がる発進の際は多少苦労したな」
「そういえば、上田さん時々黙ってましたね」
階段に向かって歩き始めた上田を、奈緒子は急ぎ足で追いかけた。
「……あれは単にだな…ハンドルを押し上げて操作不能になる危険を回避すべく、頭の中で素数を順に」
「上田っ」

他愛無い(?)会話が段々廊下を遠のいていく。
誰もいなくなった奈緒子の部屋の片隅には、携帯電話がぽつんと置き忘れられていた。







おわり
最終更新:2006年10月21日 23:21