熱血貫通編 by ◆QKZh6v4e9wさん


前編

「さて、この上田次郎の大活躍で今回も無事に事件が解決したわけだが…」
「ふざけるな!私が全部解いたんだ。いつものように気絶し続けだったくせに」

鄙びた温泉郷である。
川沿いの小道を湯上がりの男女が歩いていた。
ぼさぼさ頭でのっぽの日本科技大教授物理学者上田次郎、そして自称超天才美人マジシャン山田奈緒子の凸凹コンビだ。
上田は眼鏡が新品で浴衣姿だという事以外はいつもと変わらないが、奈緒子のほうは風情がかなり違う。
いつもは垂らしたままの長い黒髪は珍しくも巻き上げ、襟首に覗くうなじが白く初々しい。
浴衣だから貧乳も目立たず、そこはかとない無作為の色気などが珍しくも醸し出されているのである。
さっきから上田が高い位置からちらちらと覗き込んだり並ぶ角度を変えたりしたりしているが無理もなかろう。

「……あれは気絶じゃないっ。天才の頭脳にはこまめかつ断続的な休息が必要なんだと何度言えばyouは……」
「それより、上田さん」
奈緒子はきっと上田の顔を見上げた。
「ここに私を連れて来た、その条件を忘れてるんじゃないでしょうね?」
「ちゃんと亀は返したはずだ…」
彼女はぶんぶんと首を振った。
「当然ですよ!そうじゃなくて……」
「温泉には今浸かっただろう」
上田はちらりと奈緒子の胸もとに疑惑の視線をやった。
「果たして豊乳効果が現れているのかどうか、君の場合はなはだ疑問だがな…」
「う、うるさいうるさい!そうじゃない、事件解決の暁には豪華絢爛美味絶佳のご馳走の食べ放題って…」
「それは宿屋が用意してくれる」
上田の眼鏡越しの目がにやりと笑った。
「もう一つの条件も忘れてはいないぞ、you。『めくるめく夜』………。楽しみにしていたまえ」
「なっ」
奈緒子は立ちすくみ、真っ赤になった。

上田はデリカシーの片鱗も見せず喋り続けた。
「you…ここへ着いてから三日たつが、その間俺が何も手出ししなかったので随分気を揉んでいたようだな」
「ち、ちがっ」
「この上田次郎が依頼も果たさずしてただれた夜に溺れるなどと、そんな不誠実なことをするわけがないだろう。この日を待っていたんだよ、はっはっは」
奈緒子が綺麗な顔をうつむけ、微妙に口角をあげて呟いた。
「そりゃ、夜な夜な気絶してるんだから手は出せませんよね?」
「おほん!おほん!」
上田は大きな咳払いをし、奈緒子を睨みつけた。
「気絶じゃないと言っただろう」
「ふん」
奈緒子は鼻を鳴らしてさっさと足を速めようとした。浴衣の裾がふくらはぎに絡む。
「もうっ、歩きにくい…」
浴衣の裾をひきあげようとしてふと気付き、上目遣いにみると案の定上田が踝のあたりを凝視している。
「……you、そういえば素足は珍しいな」
鼻の下がのびていた。
奈緒子は赤くなると裾から手をはなし、現状で可能な限り足を速めた。
「待てよ、おいっ!」
後から上田が追いかけてくる。




宿屋の用意した夕食はこれまた珍しくもまっとうなものだった。
よくよくみるとお約束のように虫料理とかトルティーヤとか珍味とか怪し気なメニューが紛れ込んではいたのだがそれを除くと田舎旅館の典型的なお食事である。
奈緒子は食べた。上田の前の皿まで奪い取って食べた。
上田が(間違いのないように言っておくが、上田が、だ)やたら楽しみにしている『そのあとの事』に不安を覚えていないわけではないが目の前に豪華げな食べ物が置かれるとつい何もかもを忘れ、手が勝手に動いてしまうのである。
貧乏とは悲しいものだ。
逆に、上田は心ここにあらずといった様子だった。
次々に強奪されていくご馳走に気付かず、奈緒子をみながらご飯ばかりを食べている。
程せずして全ての皿と大きなおひつが空になり、やがて入って来た仲居が膳を下げ、机を移動し始めた。
ふっくらとした布団が二組並べて延べられた。

挨拶をして出て行く仲居。
静まり返った部屋には布団を横に奈緒子と上田。

上田はついと立っていき、埃を追い出すために仲居が開けていた窓を念入りに閉めた。
応接セットとの間の障子もぴっちりと閉じ、ぎくしゃくと振り向いた。
「さ、さあ。じゃあ……もう夜も遅いし…」
「上田さん」
奈緒子が口を開いた。
ぱっと立ち上がる。
「私、冷えちゃったんで……もう一度温泉行ってきます!」
奈緒子の後ろ姿に上田はタックルをかけた。
「待てっ」
その勢いにもんどりうって奈緒子は転び、上田の重みに引きずられて布団の端っこを潰した。
「やめろ上田っ、ま、まだ、私……そ、そう!歯磨き、歯磨きをしてないんだ、虫歯になったら困る!」
「そ、そうか。それもそうだな」
上田は急いで身を退き、奈緒子を立ち上がらせた。

部屋には備え付けの洗面所がある。
二人は並んで歯磨きをし、うがいをし、タオルで口元をふいた。
上田は眼鏡を外して台に置いた。
鏡の中の奈緒子に視線をあわせ、言った。
「……ほかに何かしておきたいことは?」
「………」
奈緒子は顔を歪めた。
それは、亀を人質にとられたとはいうものの結局ついてきてしまったのだし今更逃げるわけにもいかないのだろうが、それでもあれだ。
奈緒子としては上田とそういう事をするのは気が進まないのである。
率直に言えば怖い。
上田はひどい巨根なのだ。
普通に「ご立派」とかいうレベルじゃないのは先日の一件でよくよくわかっている。


「ひとつ聞きたいことがあるんですけど」
奈緒子は思い切って切り出した。
「何だ?」
上田は狭い洗面所で向き直った。
「あの……」
奈緒子は言い渋り、上田が喉の奥で唸ったので仕方なく続けた。
「……ほかに、誰か、いい相手はいないんですか?」
「何?」
「相手ですよ、相手。……どうして私が、上田さんの相手をしてあげなくちゃいけないんですか?」
「…………それは」
上田は視線を逸らした。
「上田さんいつも私のことめちゃくちゃに言ってるじゃないですか。貧乳だとかインチキだとか貧乏だとかジャジャ馬だとか。上田さんって教授でエリートで優秀なんでしょ、私とじゃ釣り合いが……」
奈緒子は必死にそう言った。
「それに、私は……その……くっ………。しょ、処女……なんですよ、処女。絶対に無理ですよ。頼むから他を当たってくれ」

「ふ、ふん。やはり処女か……youのほうこそ、俺に相手をしてもらわない限り処女を捨てる機会なんか二度とこないぞ」
「こなくても全然困りません」
「負け惜しみを」
上田はゆらりと奈緒子ににじり寄った。
「大丈夫だ……この前のようにすぐ果てずにすむよう、食事の前にトイレで……処理しておいた。youは何も心配しないで俺に任せていればいいんだ……」
「処理………」
眉を寄せて奈緒子は考え込み、やっと思い当たったのか真っ赤になった。
「バカ!バカ上田!何してたんだ、寄るなっ」
「さあ、目を閉じて……」
「うっ、……こ、こうしましょう!上田さん!」
奈緒子は上田に肩を掴まれ、引き寄せられながら忙しく考えを巡らせた。
「私がいつか処女じゃなくなって、こ、こどもとかたくさん産んで、上田さんでも大丈夫なサイズになった時にお情けで一回だけ、相手してあげます!ね?これなら大丈夫かもしれませんよ?」
「バカか、youは!」
上田の怒号が耳元に轟き、奈緒子は重低音の衝撃に目を閉じた。
「単純なサイズの問題じゃない!別の男に抱かれた後だと?そんなの耐えられるか」
「いや、この際、単純にサイズって重要…んん…っ」

上田の台詞の後半に奈緒子が気付いたのは問答無用で唇を塞がれてからだった。
(他の男の後は耐えられないって……??え……)
奈緒子は赤くなった。
どういう事だ。
歯磨き粉の味と匂いは別として上田はキスだけはやっぱり上手だった。
くにゅくにゅと奈緒子の舌を柔らかくこね回し、官能的に舐めながら熱い息を押し込んでくる。
「……ん……」

喉の奥に唾液を流し込まれてぴくんとした奈緒子の躯を上田は抱え直した。
頭を指先でほぐす。
まとめてあった素直な黒髪が流れ落ちた。
いつもの奈緒子の匂いとは違う香り(つまり温泉備え付けのリンスだろう)が広がっていく。
「you」
上田は奈緒子の耳元に囁いた。
「言わないとわからないのか……やっぱりバカだな」
「お、お前にバカなんて言われる……筋合いはない……」
上田の指が浴衣の紐を探っている。
奈緒子は唇の端に溢れた上田の(か自分のか、それとも混ざっているのかわからない)唾液を、辛うじてあげた指で拭った。
いつの間にか自分の瞼がかなり下がっているのに気付く。
きっととろんとした目になっているに違いない。奈緒子は恥ずかしさに頬を上気させた。
「拭くな」
上田が片目をすがめて睨んだ。
「だって」
「拭かなくても可愛い」



「上田さん……?」
抱きすくめられて奈緒子はもじもじと腰をよじった。浴衣越しのおなかの中央に硬いものが堂々と当たっている。
「あの、あの……痛いじゃないか。離れて」
「素直じゃない君にはどうせ言葉で言ったってわからない」
上田は奈緒子の頼みを無視した。
「犬のしつけと同じだ。直にその場で躯に教えてやるしかないんだ」
「な、何を教えるって……」
「どうして俺が、本来の好みとは正反対のyouのような貧乳で強情で愚かで貧乏な女をこの行為の相手に選んだか、その理由をだ。……知りたいだろう?」
「………」
思わず奈緒子は頷いていた。
「はっはっは……だろう?そうだろう」
上田は無精髭を歪ませ、唇の端に、ひどく癪に障る笑みを浮かべた。
「じゃあ、戻るぞ」
「え」
「せっかく仲居さんが親切に布団を用意してくださっているんだ。使わなければ申し訳ないじゃないか!」
「……………」


せっかく仲居さんが親切に用意してくださった布団を圧し潰し、上田は奈緒子を放り出すとすぐにのしかかってきた。
「上田!重い、どけろ……!」
「少しは我慢しようとか、この重みが嬉しいとか思わないのか?youは」
上田が案外真面目な顔で呟いた。
「思うもんか。本当に、どこまでも無駄に大きいんだから。……このウドの大木め」
顔を赤くして奈緒子が罵ると、上田はまた奇妙な笑みを浮かべた。
「どこまでも素直じゃないな…」
そのまま顔が迫ってくる。
奈緒子が先日気付かざるを得なかった、ぎょろぎょろだけど澄んだ綺麗な目。ひきしまった頬。
真剣な目。
「う、上田さん。キスはだめ」
奈緒子の抵抗は役に立たなかった。
「だめか。じゃあしてやる」
上田は呟き、奈緒子の後頭部を布団に沈めた。

最終更新:2006年08月31日 21:36