「ようこー、マッサージの時間だぞー」
「いい、今日つかれてないもん」
「よしよし、それじゃ、胸が大きくなるとっておきのやつを…」
「あーもううるさい! だいじゃえん!」

 どかーん。
犬神のようこが指を立てると、一人の少年が盛大に夜空にすっ飛んだ。
飛んでいった少年の名は、川平啓太。17歳の犬神使いである。

「まったく…お部屋の修理しとかなきゃ」
 ようこはぶつぶつ言いながら、アパートに木材を打ちつけた。
彼の連日のセクハラは、いつも彼女を不機嫌にさせる。あいつ、いつも私を女としてしか見ていない。
もっと犬神としての自分の実力を評価してもらいたいのに。

 壁の修理をやっと終えた頃に、何でもない顔をして啓太が帰ってくる。
「ただいま~、チョコレートケーキ買って来たぞー」
「…いきてたの?」
 彼は下品にゲラゲラ笑いながら、テーブルの前に腰を下ろし、お茶を汲む。
その背後で、ようこは遠くから「とびきり重いもの」をしゅくちさせようと、精神を集中させていた。
真っ赤なオーラが彼女を包み込んでいく。が、その集中は簡単に途切れた。
 じゅるり。啓太がとびきり甘そうなチョコレートケーキを取り出したのである。
「ほら、駅前の新作だぞ~」
 嬉しそうに皿を突き出してくる啓太に、彼女は思わず口元をゆるめ、大人しく頂くことにした。

「しょ、しょーがないから許してあげる。まったく、ご飯の前にこんなもの買ってきて」
 尻尾をパタパタ振りながら、フォークを取り出し、ぶつぶつ言いながらそれを口に運ぶ。
甘い香りが口の中に広がり、思わずようこが微笑む。啓太は満足そうにそれを眺めた。
ようこは連日、町で男に声をかけては、甘いものを奢らせるだけ奢らせていたが、
彼の買ってくるチョコレートケーキを彼の前で食べる時が、何故か一番美味しいのである。
そんな事を考えつつ、皿にフォークを置いた。

「ん?どした、気に喰わないか?」
「あんたも食べなさいよ。あたしご飯の用意しちゃうから」
 ようこはスッと立ち上がり、日課である食事の用意に向かった。
向かったつもりが、啓太に背後から肩を止められた。優しいタッチに、ふと心が緩む。
「俺に気ぃつかってくれたんだな、サンキュ」
「…別に…」
 ようこは顔を俯かせた。何故だか知らないのにドキドキする。
わたし、狐なのに。人間の男なんて化かすモノでしかないのに。

 しかし、啓太はそんな気持ちもつゆ知らず、にゅっと唇を突き出した。
「でも、どうせなら口移しで食べさしてくれよーっ!」
「!」
 ひっと一瞬ようこが尻尾を立てる。全身に鳥肌が立った。啓太が獣の顔で迫ってくる。
そして、彼女の中で何かが切れた。

「ケイタのバカーッ!」
 思い切りフライパンで啓太を殴り倒した。彼の顔が歪み、その場にぐったり倒れこむ。
これで死んでくれたら楽なのになぁとようこは思い、彼を大人しくベッドに運んでやった。

「さ、ご飯つくろーっと。この変態主人が起きた時のために」
 明日は川平カオルの家にお呼ばれしている。かっこいい犬神が9人いる家だ。
1人、「あんどれあのふ」とかいうマッチョな奴がいるけど、それは啓太がお気に入りだから別にいい。
彼女は上機嫌でキッチンに向かった。

[名無し|06/11/24](2/793)
最終更新:2006年12月01日 22:24