Scar of Braingeyser
クソカード道
最終更新:
braingeyser
クソカード道
- 原文
- The Demonic Attorney: The Tao Of Bad Cards
- 著者
- Elliot Fertik
- 訳者
- 海外プレーヤー
- 投稿日
- 2002-01-17
- 更新
- 2003-05-18
クソカードというのはマジックが始まったころから存在した。Moxやデュアルランドを期待して Unlimited や Revisedのパックを開けたことがあるなら、そのかわりに Chaoslace(混沌の色)が入ってたときほどがっかりすることはない、ということがわかるだろう。
Unlimited は Ancestral Recall や Black Lotus のような強力なカードでよく知られているが、その反対に後から明らかに弱いとわかったカード(クソカード)もたくさんある。例えば Red Ward(赤の護法印)と Flickering Ward(ちらつき護法印) を比較すれば明らかであろう。このようなクソカードは不幸にも現在も存在する。Throne of Bone(骨の玉座)や Ivory Cup(象牙の杯)のようないわゆる「lucky charms」はいい例だ。これらのカードは、初心者プレイヤーでさえデッキに入れる価値がないことがわかるのに5分とかからないほどだ。
しかし Richard Garfield やそのほかマジックの初期のデザイナー達は無理もなかったのだろう。無礼を承知で言えば、彼らはよくわかってなかったのだ。マジックというゲームはまだ始まったばかりなので、たくさんのカードのコストを正確に決定できるほど彼らは経験を積んでなかったのだ。
しかし現在では R&D は24を越える数のエキスパンションを経験してきた。そんな R&D が、どうしようもないほどのクソカードを発行するという失敗を犯すわけがない・・・はずだ。彼らはもっとよくわかっている・・・はずだ。
うーん、たぶんそうでないのだろう。WoC 社の新しいウエブサイト magicthegathering.comに私が送った簡単な質問を見たことがある人がいるかも知れない。その質問とMark Rosewater の回答をここに記そう。
- Q:どうして R&D は、明らかなクソカードを、しかもレアとして発行するのですか?
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- A:Magic senior designer の Mark Rosewaterより
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これは複雑な問題です。将来的にはもっと詳しく論じるコラムを執筆するつもりですが、簡単に答えるなら弱いカードはゲームの根本的な部分の一つなのです。Richard Garfield は、マジックは探索のゲームであると述べております。ゲームの楽しみの一つに、プレイヤーが新しいセットのたびに、何か新しい発見があるかどうかを調べることがあります。多くのプレイヤーにとって、他のプレイヤーが見逃してきたカードの使い方を見出すことはとても楽しいことです。どうしようもないほどのダメなカードを発行することを恐れては、一見ダメなように見えてじつはとてもいいカードを発行することはできません。
マジックの歴史では、そんな一見ダメなように見えて後からいいカードであるとわかったカードは数多くあります。例えば High Tide、Despotic Scepter、Lion's Eye Diamond などです。このようなカードのほとんどがレアである理由は、機能が特化されているカードはリミテッドで役に立たないので、コモンやアンコモンにすることを避けているからです。プレイヤーが使用法を見出すことでカードの価値がどのように上昇していったかを見る一つの方法は、古いセットを振り返ってそのレビューを参照することでしょう。
つまりはクソカードに関する言い訳は、「ゲームの一部分であるから」であり、「クソカードなしではいいカードも発行できないから」ということらしい。
Mark はマジックを「探索のゲーム」と称した。言い換えるならば、どのカードがいいカードでどのカードが悪いカードかを見分けることが強くなるための方法の一つである、ということだ。
一見とてもいいカードだが、後から平凡あるいはとても弱いとわかるようになるカードを発行することは、なるほど、この理由で完全に合理的だ。私もそれには同意する。Grinning Totem(にやにや笑いのトーテム像)を覚えているだろうか?おそらく多くの人が、ミラージュの中でこれがこの種のカードの最右翼であると思うだろう。実際そのダメさが判明してからは、Grinning Totem をトーナメントで見かけることはほとんどない。最近の例では、Haunted Echoes(消えないこだま)だ。これは確かに強力なカードだが、構築戦で見かけることはあまりない。問題は5マナというコストと、ボード上には何の影響も与えないことにある。それでもHaunted Echoes はクソカードではなく、よく考えられてデザインされたカードであると私は考える。
さらに、トーナメント向きのカードではないが、テーマデッキやカジュアルデッキ用の「ファンカード」も存在する。例えばBomb Squad(爆弾部隊)は強力なカードではないが、使って楽しいカードであり、そのコストは効果に見合ったものであろう。
しかしながら、効果に比べて明らかに高コストなカード、あるいは5歳の子供でさえクソカードとわかるような限定された効果しかもたらさないカードも数多く存在するのも確かだ。Pale Moon や Pedantic Learning、Shrine シリーズなどがその例だ。これらカードの効果はきわめて限定的で、明らかにクソカードであり、マジックというゲームで使われることは決してない。
小さな子供がパックを開け、このようなクソカードを引いたのならば、彼はマジックというゲームを「探索」することはないだろう。代わりに彼はだまされたと思うだけだ。WoC社がデザインしたこれらの「紙」は安いものではない。全てのパックに Call of the Herd が入っているべきだとは言わないが、全てのパックは、お金を無駄遣いしたと思わせるようなものであってはならないはずだ。
そして、「多くのカードは、クソカードに見えて実はいいカードとわかるようになる」という言い訳を私は受け入れる気にならない。これは初期のマジックでは真実であった。例えば Necropotence や Cursed Scroll は初めはあまり評価されてなかった。しかし、現在は多くのプレイヤーが、どのカードがよくてどのカードがクソカードかを見分けることがずっと上手くなってきている。オデッセイの Mudhole はどう考えてもクソカードだ。最初はあまり評価されなかった、もっとも最近のカードはおそらく Rishadan Port だろう。
しかし、このカードが強力だということがプレイヤーにわかるようになるのには、そんなに長くはかからなかった。最近のカードはほとんどの場合正しく評価されるようになって来ており、「眠れる」カードの数はずっと少なくなってきている。だからこんな言い訳は通用しない。
もちろんこのことは、R&Dはカードの能力とコストのことがよくわかってきている、ということを前提にしている。しかしあるカードを見れば、この前提も疑問に思えてくるだろう。
例えば、既にプレビューされている2枚のトーメントのカードを見てみよう。1枚はFaceless Butcher で、コストが2BBの2/3のクリーチャーで、こいつが場にいる間他のクリーチャーをゲームからリムーブしておくことができる、というものだ。確かにいいカードだ。もう1枚は Slithery Stalker で、コストが1BBの1/1のクリーチャーで、沼渡りを持ち、同じように白と緑のクリーチャーをゲームからリムーブしておくことができる、というものだ。明らかに Faceless Butcher のほうが優れているカードである。リムーブできるクリーチャーに制限はないし、パワー/タフネスもずっといいし、コストが1しか違わない。これらのカードを見れば、本当にR&Dはカードとコストのことがよくわかっているのだろうか、と不思議に思うだろう。R&Dは確かに昔よりもわかってきているようだが、コストが重過ぎてクソカードになっているカードは未だに山ほど存在する。Transcendence はその例で、3WWWというコストがふさわしいとR&Dが判断した結果、ゲームで使われることがないカードになってしまった。
結論を述べよう。私は、全てのカードが Shadowmage Infiltrator や Call of the Herdのようにいいカードであるべきだ、と言いたいわけではない。確かにカードのパワーレベルがある程度上下があるのは当然であろう。そうでなければリミテッド戦は面白くない。しかし、明らかなクソカードが存在する必要もないし、とりわけそれがレアスロットを埋めているのは最悪だ。Mark に言いたいのは「そろそろこういうことにチャレンジするようにして、クソ中のクソカードをデザインするのはやめてくれ」ということだ。
当ページは、2ちゃんねるの卓上ゲーム板「MTG Sideboard Online 日本語版」スレッドに投稿された記事を、426(braingeyser-lj@infoseek.jp)がまとめたものです。